いま住んでいるワンルームの間取りを、最初に内見したときはそこまで気にしていなかった。駅から近いし、家賃も予算内だし、窓も大きい。部屋に入って右手にミニキッチン、そのすぐ後ろにユニットバスとトイレの扉がある。よくある配置だと思う。実際、図面でも見ていた。

でも住み始めて、自炊をするたびに妙な気分になる。まな板を置く場所もほとんどなく、一口コンロの上でカレーでも作っていると、背中のすぐ後ろにトイレがある。扉は閉まっているし、掃除もしている。衛生的に問題があると言いたいわけではない。ただ、玉ねぎを炒めながら「この距離でいいのか」と考え始めると、急に食欲が薄れる。

料理中にトイレへ行きたくなっても、手を洗っている途中だから我慢する。洗い物をしているときも同じだ。水回りが近いのは便利なはずなのに、キッチンと便器と風呂が一団になって待ち構えている感じがする。生活の機能が全部、玄関脇の狭い場所に押し込められている。

友達を呼んだときはもっと気になる。ごはんを出して、座ってもらって、ちょっとトイレを使うねと言われる。その数歩先が調理台で、帰ってきたらまた同じ空間で食べる。誰も何も言わないし、たぶん普通のことなのだろう。でも自分だけが、食卓のすぐ近くにある扉を意識してしまう。

風呂とトイレが一緒なのも、最初はホテルみたいで悪くないと思っていた。シャワーで全体を流せるし、掃除も一度に済む。けれど湿気の残る浴室で便器を見ると、休む場所と用を足す場所まで混ぜなくてもいいのに、と思う日がある。狭い部屋ほど、目に入るものから逃げられない。

もちろん、もっと狭い部屋でも平気な人はいると思う。自分も学生のころなら、寝られてネットがつながれば十分と言っていたはずだ。家賃を抑えたくてここを選んだのも自分だし、内見で気づけと言われればその通りだ。壁も扉もあるのだから、気にしすぎなのかもしれない。

ただ、家にいる時間が増えると、こういう小さな引っかかりが逃げ場なく積もる。料理をしなければいい、外食すればいい、引っ越せばいい、という話なのも分かる。でも、ただ夕飯を作って、湯船に浸かって、眠るだけの部屋で、いちいち心の中に言い訳を置きたくない。

次に部屋を探すなら、広さより先に水回りと居室の距離を見ると思う。独立洗面台が欲しいとか、二口コンロが欲しいとか、そういう条件ももちろんある。でもたぶん一番欲しいのは、カレーを作っているときにトイレの存在を忘れられる間取りだ。そんなことで、と思われてもいい。自分にはわりと切実だ。