テラドローンがウクライナ軍と手を組んで、無実の一般市民の虐殺に加担し..という見出しを見かけて、なんとも嫌な気分になった。軍事技術の会社が、戦争をしている国の企業を買収する。そこだけ切り取れば、武器商人が戦場に入り込んだようにも見える。けれど、実際に何を買ったのか、何に使われるのかを確認しないまま、「市民の虐殺に加担」とまで言い切ってよいのだろうか。
話に出ているのは、日本のテラドローンがウクライナのドローン関連ベンチャー二社を買収した、ということらしい。公開されている範囲の説明では、両社は攻撃用というより、飛来するドローンやミサイルを見つけて迎撃するための技術を扱っているようだ。少なくとも、地上の人間を狙って爆薬を運ぶ機体を販売した、という話とは別物に見える。
迎撃なら無害か、と聞かれると、もちろんそんな単純な話でもない。空中で破壊された機体の破片が落ちることはあるし、守ろうとした施設の近くに人がいれば、事故や被害の可能性もある。戦場で使われる技術に、完全な無害という言葉を貼るのは難しい。それでも、攻撃するための装置と、飛んでくるものを止めるための装置を同じものとして扱うのは乱暴だと思う。
一方で、軍事で商売をすること自体に抵抗がある、という感覚は理解できる。企業が戦争で利益を得る構造は、見ていて気持ちのいいものではない。自衛のために必要だと言われても、その技術が拡大され、別の場所で別の目的に転用される可能性は残る。だからこそ、誰が何を作り、どこへ提供し、どんな規則のもとで使われるのかを公開して議論する必要がある。
ただ、そこからいきなり「日本企業が無実の一般市民の虐殺に加担している」と結論づけるなら、具体的な資料が要る。買収先の事業内容、契約の範囲、軍への提供実績、実際の被害との因果関係。そのあたりを示すソースがないまま、刺激的な言葉だけが先に流れているように感じた。
コメント欄では、すぐにプロパガンダだ、工作員だ、親露だ、という応酬になっていた。反対側もまた、相手を「ナチ」と呼んだり、過去の虐殺や政治家の発言を持ち出したりしている。戦争の歴史を知ることは大事だが、相手の人格を決めつけるために歴史を使うと、目の前の事実確認から遠ざかってしまう。
ロシアの侵攻をどう評価するかと、ウクライナ側の軍事行動や支援企業をどう監視するかは、両立する話だと思う。侵略された側が防衛する権利を認めても、民間人の被害を軽く扱ってよいことにはならない。逆に、民間人を守れと言うことが、侵略者と被侵略者を同じ立場に置くことでもない。
ドローンは安く、遠隔で使え、戦場の形を変えている。迎撃技術も、これから各国で重要になるのだろう。日本の企業や政府が関わるなら、必要性だけでなく、輸出管理や使用後の責任まで説明してほしい。軍事技術を持つな、という一言で済ませるのも、技術なら自衛だから問題ない、と言い切るのも違う。
結局、今回の見出しだけでは判断できない。怒りを覚えるのは自由だけれど、まずは何が買収され、何が提供され、誰がどのように使うのかを確認したい。戦争の話になると、事実より先に味方と敵を選ばされる。だからこそ、ソースのない囁きには、賛成にも反対にも飛びつかず、いったん立ち止まりたい。