この前、コンカフェでバイトしているとき、目の前でお客さん同士が殴り合いの喧嘩を始めた。
先に言っておくと、私は喧嘩を止めた側でも、殴られた側でもない。カウンターの内側で、どうしていいか分からないまま立っていた店員である。たぶん、見ていた時間は数分もなかったと思う。でも、あまりにも展開が急で、いまだに本当に起きたことなのか自信がない。
その日は比較的暇で、店内には私ともう一人の店員、それからお客さんが二人いた。二人とも何度か来たことがある人で、最初は別々の席にいた。片方は、たぶん私よりずっと年上。もう片方も若くはない。二人ともアニメや特撮の話が好きらしく、私が何かの流れで「90年代のアニメなら、コレクターユイとかカードキャプターさくらを見てました」と言ったら、そこから会話が始まった。
「そのへんが分かるなら、ミクロマンも分かる?」
と聞かれた。
私は名前を聞いたことがある程度だったので、「人形のおもちゃですよね」と答えた。すると、最初に聞いてきた人が、少し身を乗り出して、90年代後半にアニメがあったことや、登場人物のことを話し始めた。私は知らない話だったので、へえ、そうなんですね、と相づちを打っていた。
そこへ、少し離れた席にいたもう一人のお客さんが反応した。
「ミクロマンは90年代じゃないでしょう」
最初の人は、いや、90年代にアニメがあった、と言った。もう一人は、玩具としてのミクロマンはもっと前からある、アニメの話をするなら最初からそう言えばいい、と言った。私はどちらも間違っていないのではないかと思ったが、口を挟むタイミングがなかった。
「だから今、アニメのミクロマンの話をしてるんだよ」 「ミクロマンを90年代のものみたいに言うからだろ」 「お前は何も知らないくせに、いちいち訂正するな」 「知らないのはそっちだろ」
会話の速度がどんどん上がった。私が「アニメ版と昔のおもちゃで世代が違うんですか?」と聞いたら、一瞬だけ二人ともこちらを見たが、その質問を説明するためではなく、相手に向かって「ほら、店員さんも知らないんだから」と言う材料にされた。
そのあたりから、ミクロマンの技名の話になった。
最初の人が、必殺技は「超電磁ブラスター」だと言った。もう一人が、そんな技名ではない、「スーパー超磁力ブレイク」だ、と言った。聞いている私は、どちらも似たような名前なので、たぶん同じ技の話だろうと思った。
しかし、二人にとっては似ているかどうかではなかった。
「超電磁だろうがよ!」 「超磁力だっつってんだろ!」 「コンバトラーVと混ざってんじゃねえのか!」 「お前こそ何も見てねえだろ!」
私はその技名が本当に何なのか、今でも分からない。後から検索したら、いろいろな表記が出てきて、結局どれが正しいのか余計に分からなくなった。そもそも二人が同じ作品の同じ場面について話していたのかも怪しい。
二人とも、話の内容より相手の言い方に腹を立てていた。片方が「その程度の知識で語るな」と言えば、もう片方は「知識があるふりをしているだけだ」と返す。私から見ると、二人ともかなり詳しいように聞こえたし、詳しいからこそ譲れない何かがあるらしかった。
店内の空気が悪くなったので、もう一人の店員が水を出したり、まあまあ落ち着いてくださいと言ったりした。私はこういうとき何を言えばいいのか分からず、「作品の話なので、どちらも好きということで……」などと言った。今思うと、火に油を注いだだけだった。
「好きなら間違いを許せるのかよ」 「間違いを指摘されたら殴るのか?」
そう言って、片方が立ち上がった。
最初は胸ぐらをつかんだだけだった。もう片方が手を払って、その勢いで椅子が倒れた。誰かが小さく叫んだ。私はカウンターの端に下がった。次の瞬間、立ち上がった人が相手の顔を殴った。
殴られた人は、少しよろけてから、今度は相手の腹を殴った。そこでようやく、本当に殴り合いになった。
店が広くないので、二人が動くたびに椅子やテーブルにぶつかる。グラスが落ちて割れた。私は警察に電話しようとしたが、手が震えてスマホの画面をうまく押せなかった。もう一人の店員が通報してくれていたので、私は「やめてください」と繰り返していた。
喧嘩は、どちらかが派手に倒れたところで止まった。倒れた人は、鼻から血を流しながら、最初は何かを言おうとしていた。でも声にならず、「ホゴォォォォ!ウォォォォン!オオオオオオン!」みたいな声を出していた。もう一人は息を切らしながら、まだ何か言い返そうとしていた。
しばらくして救急隊員が来た。倒れていた人を起こして、店の外へ連れていった。その人は救急隊員に支えられながら、外へ出ていくまでずっと、「超電磁ブラスターだろぉ!?」と叫び続けていた。
その場面だけ切り取ると、かなり面白い話に見えるかもしれない。でも、実際に店の中で起きると、全然面白くない。床には血が落ちているし、割れたグラスを片付けなければならないし、他のお客さんには謝らなければならない。何より、たかがおもちゃやアニメの話で、知らない大人が本当に人を殴るとは思っていなかった。
後日、二人とも店から連絡が来た。片方は「自分は悪くない」と言い、もう片方も「先に手を出された」と言っていた。技名については、どちらも自分が正しいと思っているようだった。
私はその後、ミクロマンについて少し調べた。昔から続いている玩具で、90年代にも別の展開やアニメがあったらしい。つまり、二人が言っていたことは、どちらも一部は合っていたのだと思う。たぶん、最初に「昔の玩具としてのミクロマン」と「90年代のアニメのミクロマン」を分けて話していれば、喧嘩にはならなかった。
でも、たぶん問題はそこではなかった。
相手に勝ちたいとか、自分のほうが詳しいと認めさせたいとか、そういう気持ちが先にあって、ミクロマンはそのためのきっかけになっただけなのだと思う。自分の好きなものを雑に扱われたと感じた瞬間、人は思った以上に怒る。相手も同じように、自分を馬鹿にされたと感じていたのだろう。
それ以来、店で昔のアニメの話を振られても、私は「詳しくないので教えてください」と言うようにしている。技名を聞かれても、分からないものは分からないと答える。
ちなみに、結局あの技が何という名前なのかは、まだ分からない。