天皇制廃止すればいいって言ってる人って廃止して本当に困らないと思ってる?
最近、皇族の人権がどうこう、天皇制は非民主的だから廃止すべきだ、という話をよく見る。
言いたいことは分かる。生まれた家によって職業選択の自由や政治活動の自由を制限されて、私生活まで常に見られる。本人が望んでその立場になったわけでもないのに、「国民のために」と言われ続ける。これは普通に人権の問題だと思う。
だから、天皇制を廃止すれば皇族の人権が回復する、という主張自体は理解できる。自分も、本人たちが本当にやめたいと言うなら、やめられる制度であるべきだと思っている。
ただ、廃止したらそれで全部解決、という感じで語られているのを見ると、さすがに簡単すぎないかと思う。
天皇は政治権力を持っていない。首相のように政策を決めるわけでもないし、軍隊を動かすわけでもない。それでも、外国の王室や国家元首を迎えたり、災害の被災地を訪問したり、戦争や災害の記憶に触れる場に立ったりしている。こういう役割が実際にどの程度国益になっているのかを数値化するのは難しいけれど、何もないとは思えない。
特に外交では、選挙で数年ごとに交代する首相とは別の、政治的な利害から距離を置いた窓口があることに意味がある。天皇が何かを決定するわけではないからこそ、相手国の王室や元首と会っても、政権同士の交渉とは違う関係をつくれる。これをなくしたあと、同じことを誰がどう代替するのかは考えた方がいい。
もちろん、首相や大統領で代わりが務まるという意見もあるだろう。象徴的な大統領を置けばいいという話もある。実務だけなら、たぶん何らかの代替はできる。国事行為も法律を変えれば他の人に割り振れる。
でも、制度というのは実務の一覧表だけではない。
天皇制には、神話や歴史、儀式、宮廷文化、皇居、元号、皇室外交などが一緒にくっついている。天皇制を廃止しても、過去の歴史が消えるわけではないし、日本書紀が燃えるわけでもない。ただ、それまで続いていたものを自分たちの手で終わらせる、という出来事そのものが、かなり大きな意味を持つ。
国民が共有している物語、いわゆるナラティブというものは、合理性だけでは作れない。家族だって一種の物語だし、地域や国家もそうだと思う。弊害があるから全部捨てればいい、とはならない。人間は、制度の機能だけでなく、「自分たちは何者なのか」という話なしには生きにくい。
天皇制が日本のナラティブのすべてだと言いたいわけではない。日本語や土地の記憶、地域の文化、宗教や芸術もある。天皇がいなくなった瞬間に日本人が根無し草になる、というほど単純でもないだろう。
ただ、千年以上にわたって国家の権威の置き場所になってきたものを、現代の価値観だけで「なくしても困らない」と言い切るのは、あまりに無責任ではないかと思う。なくしたあとに何が起きるかは、百年後、二百年後の話かもしれない。今の自分の生活に影響がないから大丈夫、という話ではない。
王政を廃止した国がその後も普通にやっている、という反論もある。たしかに共和制の国はいくらでもあるし、王室がなくなったら必ず内戦になるわけではない。他国の王政廃止の混乱を、そのまま日本に当てはめることもできない。
一方で、王政の廃止に至った国には、それぞれ革命や戦争、国内対立などの事情があった。混乱したから王政が悪いのか、王政が抱えていた問題が爆発したから混乱したのか、そこを切り分けずに「廃止しても大丈夫だった国がある」と言うのも乱暴だと思う。
そして日本の場合、天皇制廃止には憲法の改正が必要になる。国事行為を誰が行うのか、皇居や宮内庁をどうするのか、財産や文化財をどう管理するのか、元号をどうするのか、皇族がその後どんな立場になるのか。皇族に完全な人権を与えるなら、政治活動や職業選択、皇位継承の拒否まで認めるのか。天皇という地位だけ残して本人の自由を認めるのは、実際にはかなり難しい。
「皇族に人権を持たせつつ天皇制を維持すればいい」という案もあるけれど、具体的に何をどこまで自由にするのかを詰めると、今の象徴天皇制とは別のものになる気がする。天皇が国事行為を拒否できるのか、天皇になりたくない人が拒否できるのか、政治的発言をしてもいいのか。そこを曖昧にしたまま、人権も制度も守れると言うのは難しい。
だから自分は、天皇制が絶対に必要だと言っているわけではない。天皇家の人たちが一生、国民のための道具として生き続けなければならないとも思わない。むしろ、制度を残すなら残すで、本人たちの意思や自由をもっと考えるべきだと思う。
ただし、廃止論を唱えるなら、「自分は困らない」だけでは足りない。外交、国内の分断、政治利用、歴史的な連続性、共和制への移行、そして廃止後に新しい権威が誰によって担ぎ上げられるのかまで考えてほしい。
天皇という権威がなくなれば、権力者が権威も独占することになるかもしれない。今の天皇が政治に関与しないからこそ、政治家を相対化する役割を持っている面もある。逆に、皇族を自由にして野に放つことで、別の政治勢力が「本当の国家の象徴」として担ぎ上げる可能性もある。
もちろん、そんな未来が必ず来るわけではない。日本は普通に共和制へ移行し、何事もなかったかのように暮らすかもしれない。そういう可能性も十分ある。
でも、失敗しても元に戻せる制度変更ではない。廃止してみて駄目だったからやっぱり復活、とは簡単にできない。だから「困らないと思う」「いらない」で終わらせるのではなく、困る可能性も含めて考えるべきだと思う。
個人的には、今すぐ廃止する必要は感じない。ただ、皇族が自分の意思で廃止を望むなら、その意思を無視してまで維持するべきではないとも思う。制度を続けるにしても、続けないにしても、国民が勝手に「便利だから」「外交に使えるから」と決めていい話ではない。
結局、天皇制を残すことにも廃止することにもコストがある。違うのは、残す場合はそのコストを特定の人たちに負わせ続けることになる、という点だ。そこを見ないで「歴史だから」「国益だから」と言うのも違うし、逆に「自分は困らないから」と言うのも違う。
廃止したら本当に困らないのか、と聞いているのは、天皇制がないと明日から生活できなくなるのか、という意味ではない。そうではなく、百年単位で見たときに、何を失い、何を新しく作ることになるのかを考えているのか、という意味だ。