東野圭吾の作品、全106冊という一覧を見かけた。106冊。数字だけでちょっと笑ってしまう。デビューからずっと、ほぼ毎年のように本を出している計算になる。刊行のなかった年もあるらしいけれど、それでもこの冊数は普通ではない。速筆という言葉だけでは足りない気がする。
自分は全作読破にはほど遠い。たぶん半分弱くらいで、読んだはずなのに題名を見ても内容が出てこないものもある。会社帰りに文庫を買って、疲れていても読みやすいから夜更かししていた時期があった。面白かったという感想だけ残って、筋はきれいに忘れている本も多い。
最初に読んだのは、家族の本棚にあった『白馬山荘殺人事件』だったと思う。そこから『十字屋敷のピエロ』へ進み、『むかし僕が死んだ家』『魔球』『眠りの森』『鳥人計画』と、初期の本格ミステリを続けて読んだ。派手ではないけれど、地味に良い作品が多い。今でも『むかし僕が死んだ家』の最後の場面は、何とも言えない気持ちになる。
中学生のころ『悪意』を読んで、濃密な仕掛けに頭を殴られたような気分になったことも覚えている。『どちらかが彼女を殺した』は、読者が最後まで推理していいのか戸惑いながら読んだ。駅前にまだTSUTAYAがあったころの話だ。『名探偵の掟』のような、ミステリのお約束を笑いにする作品も好きだった。
もちろん代表作なら『白夜行』と『幻夜』を挙げる人が多いだろう。自分もこの二冊は本棚に残している。『白夜行』は図書館で借りたその場で一気に読み終えた記憶がある。ドラマの出来が良すぎて原作より映像の印象が強い、という人もいるけれど、あの長さと重さを最後まで読ませる力はすごいと思う。
『秘密』『手紙』『宿命』『時生』『流星の絆』も印象に残っている。SF寄りなら『パラレルワールド・ラブストーリー』が好きだ。設定にちゃんと理由があって、当時利用していた電車の車窓と場面が重なったのも、個人的には得難い読書体験だった。『変身』『天空の蜂』『殺人の門』あたりも、読んだ時期によって見え方が変わる本だと思う。
一方で、ガリレオシリーズは初期の数冊で止まっている。『探偵ガリレオ』や『容疑者Xの献身』は面白かったが、理系ミステリとして売り出されてからは、淡々と進んで淡々と終わるように感じた作品もあった。理系だから刺さるはず、と勧められて読んだのに、思ったほど科学的に感じなかったという人がいるのも分かる。
加賀恭一郎派なので、『眠りの森』や『新参者』『麒麟の翼』のほうが好みだ。『新参者』は短編がまとまったような構成で読みやすいし、ドラマもよかった。映像化作品が多く、しかも成功例が多いのは、登場人物や場面が最初から映像として立ち上がるからなのだろう。『白夜行』『流星の絆』『容疑者Xの献身』など、原作と映像の両方で楽しめる作品が多い。
それでも、後半は路線変更や映像化を意識した感じが強くなった、と感じる読者もいる。初期のほうが好きだという声には頷いてしまう。ただ、毎年のように一定水準以上の作品を出し続けること自体が、とんでもない才能だ。飛び抜けて好きな本が数冊あれば、多少好みに合わない本があっても次を買ってしまう作家なのだと思う。
エッセイの『あの頃ぼくらはアホでした』もおすすめしたい。小説が苦手な人でも読めるし、中学生の読書感想文に使ったという人がいるのも納得する。『笑小説』『怪笑小説』のような、くだらなくて笑える本もある。重い長編だけでなく、こういう軽い文章も書けるのが面白いところだ。
電子書籍になっている作品が少ない時期があり、全作制覇は冊数だけでなく入手の面でも大変そうだ。アンソロジーや再録まで含めると、一覧の数字はさらに揺れそうだけれど、106冊が十分に化け物じみた数字なのは変わらない。
一冊だけ読むなら、重めでもよければ『白夜行』、読みやすさなら『新参者』、本格ミステリなら『悪意』か『どちらかが彼女を殺した』、少し変わった読後感なら『むかし僕が死んだ家』を薦める。映画やドラマで知っている作品を原作から読み直すのもいい。
全作品を並べた一覧を見ると、自分が何冊読んだかを数えたくなる。たぶん思ったより少ない。でも、まだ読んでいない本がこれだけ残っているのは、少し嬉しい。次の休みに本屋へ行って、題名を眺めながら、初期作を一冊選んでみようと思う。