東野圭吾の訃報をきいて、という書き出しを見た。まず、ほんとうに亡くなったのかと思い、次に、そこから森雅裕を思い出す人がいるのか、と少し驚いた。けれど考えてみれば、二人は同じ年に江戸川乱歩賞を受賞している。片方はその後、時代の中心に押し上げられ、もう片方は、中心からこぼれ落ちたまま、たまに誰かの記憶に戻ってくる。そういう対照で語られる作家なのだろう。

森雅裕の名前を最初に知ったのは、たぶん本屋で見た表紙だった。魔夜峰央の絵だったように思う。内容を読む前から、普通の推理小説とは少し違う場所に立っている人なのだな、と感じた。実際、作品には美術や音楽への強い関心があり、藝大出身という経歴も、単なる飾りではなく文章の奥に残っている。絵画や楽器や作曲家の話が、事件の背景として置かれるだけではない。登場人物が何かを作ること、見ること、聴くこと、その行為そのものが物語になっていた。

「流星刀の女たち」や「100℃クリスマス」を傑作だと言う人がいる。そういう感想を読むと、まだ新刊を待っている人がいるのだとわかる。作品が途切れてからずいぶん時間がたっても、読者のなかでは終わっていない。新しい本が出ないことと、作家がいなくなることは同じではないらしい。

一方で、東野圭吾は当時、暗くてぱっとしない作家と思われていた、という話も出てくる。今の知名度からは想像しにくい。理系らしい発想や、少しSFめいた仕掛けを面白がる人はいたとしても、華やかな作家として見られていたわけではなかったのだろう。同じ年に賞を取った二人が、その後まったく違う道を進む。賞というのは出発点にすぎず、その先の運や相性や時代の風向きまで保証してくれるものではない。

乱歩賞にも、時代ごとの癖があったという。仕事もの、業界ものが評価される時期があり、社会の空気に合う題材が前に出ることもある。森雅裕の芸術家気質は、そのときの出版界が求める型から少し外れていたのかもしれない。売れていた時期があり、才能もあり、書く力もあった。それでも、編集者や出版社との関係が続かなければ、本は世に出ない。

『推理小説常習犯』の話は、その断絶を象徴しているように見える。業界の悪弊や癒着、非常識さを、実名に近い形で指摘した本だったという。作品に勝手に校正を入れる編集者への怒りも隠されていない。読者からすれば、裏側を知ることのできる、興味深い本だったのだろう。しかし、書くことと売ることのあいだには、どうしても他人の手が入る。その手を信頼できなければ、出版はたちまち敵との共同作業になる。

新しい出版社とはことごとく衝突し、漏れなく喧嘩別れした、という評もある。もちろん、その話だけで本人を一方的に悪者にすることはできない。編集者が勝手に変えることも、作家の意向を軽んじることも、現実にはあるだろう。ただ、毎回相手と決裂してしまうなら、才能とは別のところで困難を抱えていたのだろうと思う。

自費出版した本をめぐって、手を尽くした人との間にも行き違いがあったらしい。無償に近い協力だったのかどうかも含め、外から見える断片だけでは判断できない。それでも、誰が編集しても合わなかったのではないか、という読者の印象が生まれるのはわかる。本人が頑固だったのか、周囲が雑だったのか、あるいは両方だったのか。たぶん簡単な答えはない。

それなのに、コンビニのバイトは続いたという話がある。編集者とは決裂するのに、コンビニでは働き続けられる。その違いが面白い。仕事の内容より、相手との距離や、約束の明確さのほうが大きかったのかもしれない。作品に口を出されることには耐えられなくても、決められた時間に行き、決められた仕事をすることならできる。人間関係が苦手でも、すべての社会生活ができないわけではない。

多作だったという指摘もある。エピソードから受ける印象は、何年も沈黙していた人なのに、実際にはかなりの数を書いていた。書けなかったのではなく、書いても出版まで届かなかった本が多かったのだろうか。あるいは、自分の納得できる形で出せないなら、出さないという選択をしていたのかもしれない。

「生きづらそうな人だった」という感想は、悪口というより、作品を好きだった人のため息に近い。才能があるから幸福になるわけではない。むしろ、見えてしまうものが多い人ほど、他人の作為や妥協に敏感になることもある。芸術家気質という言葉は便利だが、その内側には、譲れないものと、譲らなければ生活できない現実との衝突がある。

今日は江戸川乱歩の命日だという。推理小説の歴史を作った人の命日に、乱歩賞の受賞者を思い出すのも不思議ではない。賞は作家を歴史に登録するが、歴史はその後の全員を同じようには覚えてくれない。時代に拾われて輝き、時代に捨てられて輝きを失い、それでも少数の読者にときどき思い出される。そんな一生もある。

東野圭吾をきっかけに、二年に一度くらい森雅裕を思い出す人がいる。その頻度は、忘却と記憶のあいだにある。新刊を待つ人がいて、昔の表紙を覚えている人がいて、作品の一節を傑作だと言う人がいる。作家の人生を成功か失敗かだけで片づけることはできない。出版界とうまく折り合えなかったとしても、作品まで消えるわけではない。

むしろ、うまくいかなかった事情を知ったあとで読むと、文章の尖りや、人物の不器用さが別の光を帯びることがある。人間賛歌という言葉を使うなら、それは立派に生きた人を称える歌ではなく、どうにもならないまま、それでも何かを作ろうとした人へのまなざしだろう。

訃報から連想が始まり、最後には別の作家の本棚の前に立っている。インターネットには、こういう寄り道がまだ残っていてほしい。誰かの記憶が、誰かの記憶を呼び、作品の名前だけが静かに受け渡されていく。森雅裕の新刊を待つ、という言葉が今も書けるなら、その作品はまだ完全には途切れていない。読者が覚えているかぎり、作家はときどき、こちら側へ戻ってくる。