たぶん、その教授はAIの研究をしていた。といっても、画像生成や大規模言語モデルの性能を競うような、いちばん分かりやすいAI研究ではない。むしろ、AI企業が欲しがる人材を見つけ、声をかけ、条件を出し、最後には自分の会社へ連れてくる側にいた人だと思う。
教授の専門は、知能とは何か、という古くて面倒な問いだった。人間の脳を計算機として説明できるのか。自然知能と人工知能の違いは、速度や記憶容量だけなのか。言葉を操る仕組みができれば、それを理解と呼んでいいのか。そういう、すぐには製品にならない話を、何十年も研究していた。
AI企業から見れば、彼は最高の相談相手だった。研究者の論文を読み、誰が本当に面白い仕事をしているのかを見抜き、どんな条件なら大学を離れるのかを考える。引き抜きの手紙を書く側なのだから、自分にオファーが来ることなど想像していなかったのかもしれない。
ところが、会社が大きくなり、経営者が変わり、研究の評価基準が「何枚の画像を作れるか」「何点のベンチマークを取れるか」になったころ、教授だけが残った。声はかかった。共同研究の話もあった。講演にも招かれた。それでも彼は大学を離れなかった。
理由は単純で、研究したいものがAIそのものではなかったからだ。彼が見ていたのは、AIを作る人間の欲望と、AIに何をさせてはいけないかを決める人間の弱さだった。倫理、責任、愛、恐怖、そして「分からない」と言える能力。計算機の性能が上がっても、そこだけは自動的に解決しない。
学生には、AIを甘やかすな、と言っていたらしい。何でも答えさせ、何でも褒め、失敗してもデータを足して済ませると、いつか人間のほうが骨抜きになる。逆に、AIを壊す方法を研究しろとも言った。電源ケーブルを抜く話ではなく、依存しない仕組みを作るという意味だ。
研究室の本棚には、脳科学や論理学や言語学の本に混じって、古い哲学書、文学史、絶滅動物の図鑑が並んでいた。人工知能の反対は、単に人間という意味ではない。失われたものを惜しみ、まだ名前のないものを守り、役に立たないものを役に立たないまま愛する知性なのだ、と教授は考えていた。
だから最後まで引き抜かれなかった。能力が足りなかったからでも、オファーがなかったからでもない。彼にとって、AI企業へ行くことは研究の終点ではなく、研究対象の中に入ってしまうことだった。教授は今も、学生の質問に答えず、しばらく黙ってからこう言う。
「それは、君が何を知りたいかによる。AIに聞く前に、自分に聞いてみなさい」