昔ベンチャーで働いてた頃、役員に〇されて俺は内臓の一部がない

2010年代の前半、新卒で入れる会社がなかった。正確には、入れる会社はあったけど、未経験歓迎と書いてある求人の大半は、よく分からない研修を受けて客先に放り込まれる仕事だった。

それが嫌で、たまたま見つけた小さなITベンチャーに入った。社員は十数人。社長と役員がいて、エンジニアと営業がいて、あとは何でも屋みたいな人たち。オフィスには立派なキッチンなんてなくて、給湯室と電子レンジと、誰かが持ってきた安いコーヒーだけがあった。

「ここから一緒に大きくしよう」

面接でそう言われた。今思えば、あれは会社を大きくするというより、会社という箱に人間を詰めて、売上と出資金を出し入れするという意味だったのだと思う。でも当時の俺は、そういう言葉を信じたかった。

給料は高くなかった。残業代はよく分からなかったし、忙しい時期は終電を逃して会社で寝た。社長は社員を家族みたいに扱う人だった。もちろん、家族だからという理由で休日にも連絡してくるし、家族だから給料の話をすると嫌な顔をする。

役員の人は、社長よりずっと現場に近かった。俺のコードを見て「こんなもの小学生でも書ける」と言ったり、会議中に突然怒鳴ったりした。今ならパワハラだと分かるけど、当時はベンチャーとはこういうものだと思っていた。

会社の金が少なくなってくると、空気が変わった。新しいサービスを作る話はいつの間にか消えて、既存顧客への請求と、次の出資の話ばかりになった。社長は「あと三か月」と言い続けた。三か月経つと、また「あと三か月」と言った。

社員が一人、また一人と辞めていった。辞める人を責める人もいた。「今逃げるのは無責任だ」と。俺もそう思っていた。残ることが責任だと思っていたし、ここで辞めたら何者にもなれない気がしていた。

ある日、役員と二人で残っていた。たぶん、資金繰りか納期か、そんな話をしていた。何がきっかけだったのかは、今でもうまく思い出せない。俺が「もう無理なんじゃないですか」と言ったのかもしれない。役員が「お前まで逃げるのか」と言ったのかもしれない。

ただ、怒鳴り声のあとに、急に距離が近くなったことは覚えている。

手に何か持っていた。会社にあった文房具だったのか、外から持ってきたものだったのか、今でも断言できない。刃物だった。俺は最初、それが何なのか理解できなかった。

腹に衝撃があって、熱いというより、体の中が急に空っぽになったような感じがした。後から聞いた話では、俺はしばらく立っていたらしい。自分では、漫画のキャラクターみたいに傷口を押さえながら歩いた記憶しかない。ブチャラティが腹をやられても動いていた場面を、なぜか思い出していた。

そのあと誰かが通報して、救急車が来た。誰が呼んだのか、役員がその場にいたのか、いなくなっていたのかも曖昧だ。病院で目が覚めた時、家族がいた。医者から説明を受けたらしいが、俺はほとんど聞き取れなかった。

内臓の一部を失った。

言葉にするとそれだけなのに、実感がなかった。腹を切って、何かを取り出して、縫った。その結果として、俺は前と同じ体ではなくなった。胃の一部だったと思う。もしかすると別の臓器も関係しているのかもしれない。何度説明されても、当時は頭に入らなかった。

長い入院になった。食事は少量ずつで、歩く練習をして、傷口を気にしながらトイレに行った。体が動かないことより、何もできない時間のほうがつらかった。

会社の人間は、最初のうちは見舞いに来た。けれど、次第に来なくなった。連絡も減った。心配してくれる人もいたが、会社としてどうするのか、役員をどうするのか、俺の治療費や休業中の生活をどうするのか、そういう話は誰もはっきりしなかった。

俺は、誰かが助けてくれると思っていた。

病院のベッドで、会社の仲間が何とかしてくれると思っていた。社長が謝りに来ると思っていた。弁護士や保険会社が全部整理してくれて、俺は治療に専念できると思っていた。

現実には、書類は自分で集めなければならなかった。保険のことも、休職のことも、生活費のことも、自分で調べた。家族には頼った。頼らざるを得なかった。けれど、それ以外の人たちは、悪人だったというより、俺の人生を背負う理由がなかった。

それが一番きつかった。

刺した人間を許せるわけがない。今も許していない。会社が潰れたのか、名前を変えたのか、残った人たちがどうなったのか、詳しくは知らない。知りたいとも思わない。

ただ、あの頃の俺は、人は困っている人を見捨てないものだと思っていた。見返りなしに助けてくれる人が、どこかにいると思っていた。たぶん、そう信じていられたのは、まだ本当に困ったことがなかったからだ。

退院してから、仕事に戻るまでにも時間がかかった。食べられる量が減った。疲れやすくなった。腹の傷を見ていると、自分が壊れた機械みたいに思えた。周囲は「生きててよかった」と言った。もちろん、それは正しい。生きているだけで十分だと言われたら、反論できない。

でも、生きていることと、元通りになることは違う。

十年近く経った今でも、体は元に戻っていない。胃が再生してくれたらいいのにと思ったことはある。暴飲暴食もできないし、体調が悪い日は何を食べても苦しい。自分の内臓が少ないという事実を、普段は忘れている。でも、忘れた頃に思い出させられる。

最近、昔の会社のことを考える機会があった。あの場所で、俺は人に恵まれていたと思っていた。助けてもらえると思っていた。だから、助けてもらえなかったことを、裏切りのように感じた。

でも本当は、最初から誰かに助けてもらえる前提で動いていた俺が甘かったのかもしれない。誰も助けてくれない世界を望んでいるわけじゃない。ただ、自分で逃げ道を作らず、会社や仲間に期待を預けすぎた。

それでも、刺されていい理由にはならない。

社長や役員が、金や名声や強さを求めるのは勝手だと思う。でも、人や居場所まで欲しがって、手に入らないと周りを壊すのは違う。普通の人間より欲しいものが多いなら、その分だけ自分を制御する責任もあるはずだ。

俺は今も、時々腹の傷を触る。

内臓の一部がない。あの会社で働いていた頃の自分も、たぶんもういない。助けてもらえると信じていた自分も、あの夜に一緒に切り取られた。

残った部分で生きていくしかない。体も、人生も。