カタツムリが死んだ。
朝、いつものようにケースの蓋を開けた。小松菜を入れ替えようと思った。昨日の夜までは、キャベツの芯の陰にいた。食べているのか寝ているのか分からないくらい動かなかったけれど、触角は出ていた。
今日は出ていなかった。
殻を持ち上げても、何も起きなかった。裏返してしばらく待った。水を少し垂らした。名前を呼んだ。名前はつけていないので、呼んだというより、呼びかけた。
死んでいた。
死んだカタツムリを見たことがなかったので、最初はまだ生きている可能性を考えた。縮こまっているだけかもしれない。冬眠かもしれない。けれど、時間が経っても動かなかった。匂いもした。これはもう駄目なのだと思った。
飼い始めたのは、二年近く前だった。小松菜を買ったら、葉の裏にくっついていた。外に返そうとしたが、雨の翌日で、ベランダには鳥も来るし、どこに置けばいいのか分からなかった。結局、家にあった透明な容器に入れた。
最初は数日だけのつもりだった。霧吹きをして、野菜を入れて、糞を見つけたら掃除した。糞の量や色で調子が分かるようになった。動いているかどうかを毎朝確認した。殻の縁が少し伸びていると、よかったと思った。
いつの間にか、キャベツの芯を捨てる前に、食べられそうか考えるようになっていた。
死んだあと、ケースの中に食べ物を入れる必要はなかった。水もいらなかった。もうキャベツの芯は避けなくていい。そう思うと、台所で手が止まった。今まであった作業が、急に一つなくなった。
死骸は袋に入れた。外に埋める場所を探すことも考えたが、寄生虫のことや、勝手に放すことを考えると、そうするのが正しいのか分からなかった。紙に包み、袋に入れ、さらに別の袋に入れた。そんなことはないのに、もしまだ生きていたら苦しいかなと思った。空気でパンパンにし、しっかり縛ってゴミ箱に捨てた。
袋は他のゴミの下に落ちた。少しずつ、見えなくなっていった。
二年近く生きた。カタツムリとして長いのか短いのかは分からない。少なくとも、うちに来てからは毎日食べて、濡れて、這っていた。最後の方は食が細くなっていた。もっと早く気づけたことがあったのかもしれないが、たぶん大往生だったのだと思う。
ケースを洗った。空になったケースは、思ったより大きかった。もう何もいないのに、壁の水滴だけが残っていた。
これで終わりです。読んでくれた人がいたことは、カタツムリには分からなかったと思う。でも、私は分かっている。ありがとう。あばよ。