高市総理の被災地視察をめぐる映像を見て、最初に浮かんだのが「北朝鮮のプロパガンダみたいだな」という感想だった。被災者の方が感謝を伝え、総理がうれしそうに応じる。そこだけ切り取れば、首相が現地を訪れ、見捨てていないと示した心温まる場面なのだろう。実際、突然トップが来れば、被災して弱っている人が感極まることはあると思う。そこまでを否定するつもりはない。
ただ、政府公式の映像として編集され、感動的な音楽が入り、最後は「至れり尽くせりです」「日本人でよかった」といった言葉で締められると、視察というより総理の宣伝動画に見えてしまう。しかも映っていたのは冷房が効き、段ボールベッドもある、比較的整った避難所だったという。避難所ごとに環境の差が大きく、炎天下で片づけを続ける人や、電気も冷房も十分でない場所があるなら、まずそちらの声を聞いてほしい。
視察の目的は、支援が足りている場所で感謝されることではなく、困っている場所を見つけて対応を急がせることではないのか。総理のために予定された場所だけ整え、役職のある人を前に並べたように見えるなら、疑問を持つのは自然だと思う。仕込みだと断言する材料まではないが、少なくとも演出の度が過ぎている。
一方で、行かなければ「現地を見ろ」と言われ、行けば「邪魔をするな」「売名だ」と批判される。警護や現場の負担を考えれば、どこでも自由に入れるわけではないし、被災者が本当に喜んでいた可能性もある。だから、首相が訪問したこと自体を責めたいわけではない。
気になるのは、都合のよい場面だけを国民に見せ、それで現地の状況を分かったことにしてしまう姿勢だ。政治家が罵倒されるべきだと言っているのでもない。むしろ、感謝の言葉を受け取ったとしても、表に出ない不満や要望を聞き出し、支援策に反映するのが政治家の仕事だろう。泣いて喜ぶ人を撮るより、誰もが言いにくい困りごとを拾う場面を見せてほしい。
菅直人が東日本大震災の現場で厳しく言われている映像を思い出した。無様に見えても、怒られることを含めて現場に立つ姿は、少なくとも民主主義の首相として自然だったように思う。北朝鮮を引き合いに出すのは強い表現だが、権力者を称賛する人だけを集めた映像に警戒する感覚は失いたくない。
結局、評価すべきなのは動画の印象ではなく、その後どれだけ支援が届いたかだ。行ったことを実績にするのではなく、行ったからこそ見えた問題を解決してほしい。被災者の感謝を疑う必要はない。しかし、その感謝を政権の広告に利用することには、やはり違和感が残る。災害の時くらい、党派性を脇に置いて、現地の不公平や不足を正面から見てほしい。