ニュースで、被災地を視察した高市首相に避難所の男性が「至れり尽くせりです。日本人で良かった」と話している映像を見た。
いや、これさすがになんかやばくないか?
被災して、家も生活も失って、これから先どうなるか分からない人が、総理大臣を前にして言うこととして「至れり尽くせり」「日本人で良かった」が選ばれるの、あまりにも出来すぎている。しかも避難所の中を見て回るでもなく、外の状況を歩いて見るでもなく、きれいに整えられた場所で、あらかじめ選ばれたらしき人と面談している。
もちろん、その人が本心からそう思っていた可能性はあるし、個人の感想にケチをつけたいわけではない。苦しい状況の中で、助けてもらったことに感謝したり、不幸の中から少しでも良いことを見つけようとしたりするのは自然なことだと思う。
でも、それを総理の視察の代表的な場面としてテレビで流すことには、かなり強い演出を感じた。被災者が本当に困っていることや、避難所ごとの環境の差、冷房やプライバシーの問題について聞くのが視察じゃないのか。誰も不満を言わない、行政に感謝している、やっぱり日本はすごい、という画だけを撮りたいなら、視察というより広報イベントだろう。
東日本大震災のとき、菅直人が避難所を訪れた際に、帰ろうとしたところを被災者から「まだ話を聞いていない」と呼び止められ、戻って話を聞いていた映像を思い出した。あれが良い対応だったのかどうかは別として、少なくとも予定調和の感じはしなかった。怒りや苦情がそのまま映っていたから、現地に来た意味は伝わった。
今回の映像は、自治体やスタッフが事前に話をする相手を調整して、総理に失礼のない受け答えをする人を選んだように見える。そういう準備自体は要人の訪問なら普通なのかもしれないが、被災者の声を聞く場で、都合のいい声だけを拾うのはどうなんだろう。
「日本人で良かった」という言葉そのものを言うなという話ではない。日本に生まれて、支援が届く環境にいて良かったと思う人がいてもいい。ただ、災害大国なのに避難所の冷房もプライバシーも十分でなく、今後も災害関連死が心配されている状況で、政府の対応を称賛する発言だけを見せられると、何か違うだろという気持ちになる。
被災者に感謝させることではなく、被災者が文句や要望を言っても大丈夫な場を作ることが、政治家の仕事なんじゃないのか。