前の投稿への反応をいくつか読んだ。読んでくれた人、訂正してくれた人、怒った人、募金したと言ってくれた人、ありがとう。これで最後にするつもりなので、言い残したことだけ書く。

私は建築に関わる仕事をしている。といっても、ここで資格証を出せるわけではないし、匿名の文章を信用しろと言うつもりもない。私の話は、災害についての唯一の正解ではなく、建物と地域を見てきた人間の、かなり限定された観点からの話だ。

前の文章で、地震のあとに建物へ戻ることの危険を書いた。そこだけ切り取られて、「全員、屋外で待機しろと言っている」「避難所へ行くなと言っている」と読まれたようだが、そんなことを言いたかったわけではない。危険な建物から離れるのは当然だし、津波、火災、土砂災害など、屋外へ逃げるべき状況もある。一方で、余震や天候、地域の危険、本人の体調によっては、むやみに屋外に留まることも危険になる。避難所が安全な場合もあれば、そこへ移動すること自体が難しい場合もある。

建物の安全確認は、地震の直後に一斉に完了するものではない。専門家が来て、被害を確認し、必要なら立入禁止にするまでには時間がかかる。その間、人はどこで寝るのか。雨や暑さをどうするのか。高齢者、乳幼児、障害のある人、持病のある人、ペットを連れた人はどうするのか。原則だけを強く言うほど、現場では別の問題が増える。

だから私は、「この施設へ戻るな」という単純な標語を批判したかった。安全確認が済んでいない建物へ戻れ、という意味ではない。危険を避けるための情報と、避難先と、そこへ移る手段を用意しないまま、禁止だけを増やすことへの不安だ。

もっと大きな問題は、受け入れる側の体力が落ちていることだと思う。災害が起きれば、外から応援が来る。自衛隊も、医療チームも、行政職員も、専門家も来る。けれど、来てもらえばそれで支援が実働になるわけではない。どこに集まってもらうか、何をしてもらうか、誰が指揮するか、物資をどこへ運ぶか、宿泊場所や食事をどうするか。受け入れ、配分、宿泊、指揮が必要になる。

そこが崩れている地域では、善意の人が来ても活動できない。道路を塞ぎ、食料や水を消費し、現場の職員が案内や調整に追われることもある。ボランティアが迷惑なのではなく、善意を力に変える仕組みが足りない。初動期に最も人手が必要なのに、最も人を受け入れられないという矛盾が起きる。

昔の地域には、遠方の親戚や知人を頼る習慣があった。被災した家族をしばらく引き取る人がいて、地元の建設業者や運送業者がいて、倉庫や重機があり、消防団や町内の人が互いの顔を知っていた。もちろん、昔が理想だったわけではない。けれど、そうした人材、会社、車両、機械、場所、経験の積み重ねが、地域の災害対応力だった。

人口が減り、高齢化し、行政の技術職員が減り、予算も細る。建設業者も運送業者も減る。若い人は地域の外で働き、共働きの世帯が増え、定年直後の人や学生など、長期間ボランティアに回れる人も少なくなった。町会の加入率や担い手も変わっている。助け合いを呼びかければ人が集まる、という前提そのものが崩れている。

これは地方だけの問題ではない。地方の災害対応力が落ちれば、大都市圏で災害が起きたときにも影響する。応援を送り出す地域が被災していたり、交通や物流が止まったりすれば、広域で支えることができない。首都圏の大災害で中枢機能まで止まったら、今の仕組みがどこまで動くのか、私は正直かなり心配している。

「国が地域外への長期避難を支えなければならない」という話は、地域を見捨てろという話ではない。むしろ、地域内だけで完結させるという建前を捨て、住民を別の地域へ移すことも最初から計画に入れようという話だ。避難先、交通、医療、学校、仕事、家族の分離、戻る時期。平時に決めていないことを、混乱の中で決めるのは無理がある。

コンパクトシティという言葉も、単に住民を一か所へ集めれば経費が安くなる、という話ではない。集めれば集めたで、道路、上下水道、病院、学校、避難場所、建物の更新が必要になる。維持費が下がるとは限らない。それでも、全地域に同じ水準のインフラと災害対応を維持することが難しくなっている以上、どこに何を残すのかを考えないわけにはいかない。

地元を離れたくない人を責める気はない。生まれた家、墓、仕事、近所付き合いを簡単に捨てられる人ばかりではない。ただ、住み続けたいという希望と、行政が同じ水準で支え続けられるという見込みは別の話だ。抵抗する自由はある。でも、その選択に必要な費用や危険を、誰かが永遠に肩代わりできるわけではない。

災害の話をすると、すぐに「専門家なら責任を持て」「行政が全部やれ」「ボランティアを拒むな」「自宅にいろ」「避難所へ行け」といった断定が出てくる。どれも部分的には正しい。だからこそ、条件を消した原則論は危ない。建物の状態、地域の地形、天候、道路、家族構成、病気の有無で、同じ行動の意味が変わる。

私自身も、匿名で大きなことを言っているだけだと批判されれば、その通りだと思う。ここで書いたからといって制度が変わるわけではないし、私が何者か分からない文章を啓発資料にする必要もない。ただ、現場で感じている「受け入れる力がなくなっている」という問題を、誰かが言葉にしなければならないと思った。

できることは限られている。募金をする。防災訓練に参加する。自宅の家具を固定する。家族と連絡方法や避難先を話す。職場やマンションで、誰が何をできるか確認する。被災地へ行くことが助けになるとは限らないので、募集や指示のないまま現地へ向かわない。批判や議論だけで終わらせず、汗をかく人の邪魔をしない。

私は当面、自分の持っている能力を、必要とされる場所で使う。具体的なことはここには書かない。匿名で宣言しても仕方がないという意見も、その通りだと思う。それでも、書いたことで自分を奮い立たせるくらいの意味はある。

災害に対して、日本はいつまで強くいられるのか。人口が減り、地域の仕組みが細り、気候も変わり、災害が重なる。過去の成功体験だけで「今回も応援が来る」「誰かが何とかする」と考えるのは危険だ。地震だけでなく、大雨や暑さ、感染症、停電、物流の停止まで重なることを前提にしなければならない。

不安を煽りたいわけではない。諦めたいわけでもない。だから、できることを小さくても続けてほしい。行政に計画を求めるだけでなく、自分の住む場所で、誰が助けを必要とし、誰が何を運べるのかを知ってほしい。助けを受ける側にも、助ける側にも、準備が要る。

長くなった。これ以上書くと、また別の論争の種になるだろう。私の言い方が乱暴だったところ、説明が足りなかったところはある。読んでくれた人には感謝している。被災した人が一日でも早く、少しでも安全な場所で眠れるように願っている。

では。