40代ITエンジニアだが、俺たちの世代がIT業界を衰退させたことに謝罪したい。

もちろん、40代全員を代表しているわけではない。勝手に代表するな、と言われるだろうし、その通りだと思う。俺自身が何か世界を変えるサービスを作ったわけでもない。ただ、20年以上この業界にいて、見て見ぬふりをしてきたことについては、個人の話として謝りたい。

俺が業界に入ったころ、ソフトウェアはまだ「ものづくり」の一部としてまともに扱われていなかった。会社案内には技術力と書いてあるのに、実際に売っているのは人月だった。請負契約の下に別の請負会社が入り、その下に派遣に近い人たちが入り、誰が何を決めたのか分からないまま、納期だけが上から降ってきた。

現場ではコードを書く人間より、進捗表をきれいに作る人間のほうが評価された。設計書や議事録やパワーポイントが増え、動くものは最後まで後回しにされた。自社名を出すな、客先の社員だと言え、質問されたら上の会社に確認しろ、という指示も珍しくなかった。今思えば、あれは教育でも協業でもなく、責任を薄めながら人を使い潰す仕組みだった。

それをおかしいと思っていた若手は多かったはずだ。でも俺たちは、文句を言いながら、その仕組みの中で生き残る方法を覚えただけだった。忙しいから勉強できない。金がないから本を買えない。会社は教えない。質問すると「自分で調べろ」と言われる。そういう時代だった、と言い訳することはできる。

氷河期で、採用も待遇も不安定だった。だから、まず自分が切られないことを優先した。会社を変えようとも、業界を変えようとも思わなかった。目の前のデスマーチを終わらせ、次の現場に移り、また仕様変更と納期短縮に対応する。その繰り返しだった。

問題は、俺たちがその経験を次の世代に引き継いでしまったことだ。自分たちも教わっていないから教えられない、という事情はある。それでも、若い人を「最近の新人は使えない」と笑い、コードを書けないまま管理職になった人を「上流」と呼び、技術的な判断を予算と政治だけで決めることを、いつの間にか普通にしていた。

冷笑も便利だった。新しいサービスを作ろうとする人を、意識が高い、学生ノリだ、どうせ失敗する、と笑う。起業した人間を無責任だと批判し、リスクを取らない自分たちは堅実だと思う。海外のサービスを見ては、日本では無理、文化が違う、法律が違う、と言う。そうやって挑戦しない理由を並べるうちに、何かを作ろうとする情熱そのものを恥ずかしいものにしてしまった。

一方で、技術者の側にも問題はあった。コードを書けることだけを万能の証明にし、利用者や営業や経営を「スーツ」と呼んで見下した。歴史や法律や契約、文章を書くことや人に説明することを軽視した。技術があれば正しい、分からない人間は黙っていろ、という態度を取った。技術と事業をつなぐ努力をせず、失敗したら経営者や行政だけのせいにした。

昔の国産サービスやハードウェアが海外で通用しなかった理由を、警察に潰されたから、既得権益に邪魔されたから、とだけ説明するのも違うと思う。資金調達、販売、契約、英語、利用者の信頼、継続的な運用。そういう地味な部分を軽視して、技術の可能性だけを語っていた例もあった。良い技術があれば自然に世の中へ出ていく、という考えは、今振り返るとかなり幼かった。

大企業がソフトウェアを軽く扱ったこと、古い産業の管理手法をそのままITに持ち込んだこと、起業や新しい試みを失敗させた制度や空気があったことは事実だと思う。けれど、それを理由にして、自分たちは何も悪くなかったと言うつもりはない。俺たちはその構造の被害者であると同時に、構造を維持した側でもある。

ただし、世代だけで語るのも間違っている。40代には、優れた技術者も、地道にサービスを育てた人も、若い人を支えている人も大勢いる。俺の周囲がそうだったからといって、世代全体の実績や人格を決めつけることはできない。そもそも40代前半と後半では経験した景色が違うし、同じ年齢でも会社や地域や職種で何もかも違う。

だから「俺たちの世代がIT業界を衰退させた」というタイトルも、正確ではない。衰退したのかどうかさえ、何を指すのか分からない。市場は広がったし、技術も普及した。世界的なサービスが生まれなかったことを、国内の業務システムの多重請負だけで説明することもできない。俺の言葉は、たぶん自分の見てきた狭い現場と、後から知ったいくつかの出来事をつなぎ合わせただけだ。

それでも謝りたいと思ったのは、同じような現場を知っている人なら、少しは分かってくれると思ったからだ。だが、謝罪すれば済む話ではない。被害者のような顔をして、世代全体の罪を背負ったふりをして、気持ちよくなっているだけなら、ただの自己満足だ。

これから俺たちは、まだ責任を取れる立場にいる。若い人に丸投げせず、契約と納期と品質について説明する。コードを書けないなら、書けないことを隠さず、書ける人の判断を尊重する。技術だけでなく、文章、法律、英語、事業、利用者のことも学ぶ。過去の失敗を武勇伝にせず、同じ構造を再生産しない。

謝罪を受け入れてもらえなくても仕方がない。「勝手に謝るな」「今さら遅い」と言われるだろう。俺はそれに反論できない。だから、世代を代表するのではなく、自分が見てきた範囲で、自分がやったことと、やらなかったことを認める。

俺たちが業界を衰退させた、と大きく言う前に、まず明日の現場で一人にちゃんと教える。無理な納期に無言で従わない。人月ではなく成果と技術に責任を持つ。若い人が新しいものを作ろうとしたとき、笑わずに話を聞く。

その程度のことしかできない。でも、これから挽回するなら、たぶんそこから始めるしかない。