最近、証券口座の評価額が毎日のように大きく動く。昨日より数十万円、日によっては月収以上増えたり減ったりするのに、画面の数字を見ても、いまひとつ自分のお金という感じがしない。ゲームのポイントか、遠くの田んぼの収穫予想を眺めているような感覚だ。
一方で、スーパーでは牛肉100グラム359円に手が止まる。缶ジュース180円も高いと思うし、数十円安い商品を選ぶ。資産がふわふわしているのに、生活費だけは妙に現実的だ。給料やボーナスは財布に入るお金、投資分は老後や子どもの進学、家の修繕のために寝かせているお金。頭の中で別の財布になっているらしい。
含み益は利確するまで幻だし、含み損も売らなければ確定しない。長期で持つつもりなら、毎日の値動きに一喜一憂しても仕方ない。とはいえ、連携した家計アプリを開くとつい見てしまう。気絶していればいい、と言われても、完全に無関心になるのは難しい。
お金が増えたからといって生活を派手にしたいわけでもない。むしろ、使うべきときに使えなくなる方が怖い。元気なうちに、たまには少し高い肉を食べたり、旅行したりした方がいいのだろう。資産と暮らしを切り離すのは大事だけど、数字を貯めることだけが目的になったら本末転倒だ。
だから当面は、日々の生活は給料の範囲で管理して、投資口座は見すぎないようにする。年に一度、全体を確認するくらいでいい。ふわふわした数字に心を預けすぎず、今日の夕飯くらいは自分で決めたい。