今日は「大喜利のネタだす」という題で、ひたすら屁の言い換えを考えていた。なぜそんなことになったのかは自分でもよくわからない。たぶん最初に「春一番」とか「颪」とか、風っぽい言葉を思いついたあたりで、もう後戻りできなくなったのだと思う。
屁は、言い方を変えるだけでずいぶん立派になる。エキゾーストノート、体外放出の調べ、腸の息継ぎ、臀部のため息、内に秘めたる情熱。どれも一瞬だけ詩的なのに、意味を考えるとどうしても尻に戻ってくる。その落差がよい。
横文字にするとさらに強い。フラチュランス、バックファイア、ボトムサックス、ヒューマンエア、メタボリック・バッファ・エグゾースト。ドイツ語らしい音を足して「フンバルト・ヘーデル」と言えば、それだけで何かの必殺技に聞こえる。実際にはただの放屁なのに、技名として叫べそうなところが気に入っている。
必殺技なら「イオナラズン」や「衝天噴流波」も捨てがたい。「ただし魔法は尻から出る」は、もう説明不要の完成度だった。スタンド名なら「サム・スカンク・ファンク」。敵に向かって、臭気で一瞬で死に至る、と大仰に宣言する。こういう無駄に壮大な設定は、屁を扱ううえでかなり大事だと思う。
落語方面ではやはり「転失気」が出てくる。知っている人には通じるし、知らない人には謎の古語としてそれらしく見える。「これは転失気」とだけ言っておけば、くだらない話が急に教養のある小噺になる。もっとも、最後は結局「屁のことです」で終わる。
音も考えた。ペ、へー?、HE!、tavoooo、ブッビバーン。静かなものから、世界の終わりみたいなものまである。「完璧な静寂は存在しない。沈黙に対するささやかな異議申し立て」と言えば、屁ですら哲学になる。いや、ならない。ならないけれど、そう言い切る勢いは欲しい。
自然現象として扱うなら、腸圧ベント、内圧防爆制御、身体的気密漏洩、屁の粒子拡散モデルあたり。スーパーコンピュータの名前を「屁岳」にする案も出た。何を計算しているのかは明白なのに、名前だけは威厳がある。こういう方向へ行くと、大喜利というより架空の研究発表になってくる。
音楽なら「黄金の風」「サザンウインド」「Wind Climbing」「Jumpin' Jack Flash」。映画や人名っぽくするなら「オードリーヘップバーン」「ブッフォン」「ウラジーミル」。どれも、元の言葉を知らないふりをして口に出すと妙に格好いい。格好いいまま終われないのが屁の宿命だ。
職場で昼、非常口のピクトグラムの尻に虫が止まっていて、ちょうどうんこみたいに見えた。こんなところで運を使うなよ、と思った。そういう小さな発見を拾っていくと、屁は意外と日常のどこにでもいる。風、ため息、ブーイング、ラッパ、前奏。姿は見えず、声はすれども、だいたい誰かが気づいている。
結局、いちばん短くて強いのは「放屁」かもしれない。飾りも比喩もなく、漢字二文字で全部言っている。ただ、大喜利としては少し正直すぎる。だから今日は、そのままの言葉を中心に、余計な威厳と詩情を大量に盛った。くだらないものほど、呼び名を増やすと楽しい。明日はもう少し役に立つことを考えたい。たぶん。