朝、ニュースの見出しで「ヒアリ」という文字を見て、なんだそれ、と思った。もちろん名前だけは聞いたことがある。港に運ばれてきた荷物に紛れて、見知らぬ土地へ入り込み、刺されると火傷みたいに痛いらしい、という程度の知識だ。けれど文字だけを見ていると、どうしても深刻な外来生物の名前より先に、障子にいる何かを想像してしまう。

壁に耳あり、障子にヒアリ。

この一行が頭に浮かんだ時点で、もう駄目だった。自分だけが思いついた気になって検索したら、当然のように先に思いついている人がいた。しかも「障子にヒアリ、いたよって話だったら危ないから殺したほうがいい」みたいな、妙に具体的な会話までついている。世の中は広いし、考えることはだいたい誰かが考えている。

そこから先は、もう真面目に調べる気持ちと駄洒落を探す気持ちが半々になった。緋蟻なのか火蟻なのか、英語ではファイア・アントなのか。クロード・チアリの書き間違いではないか、最近の人工知能っぽい名前ではないか、という説まで出てくる。ヒアリング、ヒアリハット、ヒアリー夫人。聞き間違いと書き間違いの隙間から、次々に別のヒアリが出てくる。

「ヒアリハット」は特に気に入った。危険を予知して冷や汗をかく現象のようでもあるし、異国の町で売っている防具のようでもある。ドラクエにあっても不思議ではない。装備すると、港に近づいた時だけ警告音が鳴る。そんなものを装備してどうするのかは知らない。

コメントには、強いサムライアリなら外敵を防げるとか、ほのおタイプの昆虫型ポケモンだとか、ラスボスだとか、好き勝手なことが並んでいた。ひとつひとつはくだらないのに、元の話が本当に危険な生き物の話だから、完全には笑いきれない。誰も呼んでいないのに日本へ来る、という言い方には、妙な腹立たしさもある。

昔は蟻なんて、砂糖の袋にたかる小さい虫くらいに思っていた。庭で列を作っているのを見ても、踏まないようにする程度だった。それが名前ひとつで、港、輸入貨物、行政への通報、駆除、刺された場合の注意、と急に社会の話になる。たかが蟻、と思っていたものが、たかがでは済まない場所にいる。

それでも、言葉遊びをしてしまう。怖いものを怖いまま見つめるのは疲れるから、壁に耳あり、港にヒアリ、と書いて少しだけ距離を取る。距離を取ったつもりで、実際には名前を何度も口にしているだけなのだが。

結局、見つけたら素手で触らず、近づかず、必要なら知らせる。それだけ覚えておけばいい。障子にいたとしても、面白がって写真を撮る前に確認する。ヒアリかどうか分からないものを、勢いでヒアリと呼ばないことも大事だ。

というわけで、今日の結論。ヒアリってなんだよ。怖い蟻で、駄洒落の材料で、港から来るかもしれないやつだ。あと、障子にはなるべくいてほしくない。