子どものころ、「テレビをつければ藤子不二雄」という感覚が本当にあった。もちろん、すべてのアニメがそうだったわけじゃない。サザエさんもあったし、日本昔ばなしも世界名作劇場もあった。鳥山明や高橋留美子、あだち充の作品だって、ちゃんと強い存在感を持っていた。それでも、平日の夕方から夜にかけて、どこかのチャンネルで藤子作品を見ない日はほとんどなかった気がする。
ドラえもん、怪物くん、忍者ハットリくん、オバケのQ太郎、パーマン、プロゴルファー猿、エスパー魔美、チンプイ。再放送まで含めると、番組表の中に藤子不二雄の名前が何本も並んでいた。地域によってはキテレツ大百科を延々と見ていたという話もあるし、私の記憶でも、夕食前に見た番組が翌日の同じ時間にも放送されているような、妙な安心感があった。
特に藤子不二雄ワイドの時間は、一本のアニメを見るというより、藤子作品の見本市を眺めている感じだった。猿が山のコースで「チャー・シュー・メーン!」と叫び、ハットリくんが走り、怪物くんが怒り、最後にドラえもんがなんとかしてくれる。プロゴルファー猿のおかげで、打ちっぱなしなら誰でもゴルフができそうな気になっていた。実際にはボールはまっすぐ飛ばない。
小学校の班分けで、班の名前を藤子アニメから選ぼうという話になったこともある。ドラえもん班、怪物くん班、ハットリくん班、オバQ班、パーマン班。作品名を並べるだけで、全員がだいたい同じ絵を思い浮かべられた。コロコロコミックを開けば、表紙の内側にセル画がついているような気分で、漫画とテレビと玩具が全部つながっていた。
今になって振り返ると、「アニメが全部藤子不二雄だった」というのは、たぶん記憶が作った大げさな言い方だ。毎週一時間のアニメ枠がいくつもあり、再放送も盛んだったから、子どもの視界のかなり大きな部分を藤子作品が占めていた、ということなのだろう。今の時代に、特定の作家の作品がこれほど長く、いろいろな時間帯に流れ続けることは少ない。
声優の名前も、知らないうちに耳へ入っていた。林原めぐみの声を毎日のように聞いていた、という話が大げさな都市伝説に聞こえる一方で、エヴァ以前からスレイヤーズやらんまの声で存在感を放っていたのも事実だ。チンプイのエリを思い出すと、あれも実に林原めぐみらしいキャラクターだった。
だから「全部が藤子不二雄だった時代」は、歴史として正確かどうかより、テレビの前に座っていた子どもの体感として残っている。チャンネルを回せば、ロボットか宇宙人かオバケが誰かの家に居候していて、毎日同じように騒動が起きる。現実の家族より、そちらの家族のほうが身近に思えた時代だった。