あと数年で還暦になる。いわゆるバブル世代の末尾にあたる年齢だ。こう書くと、すぐに「お前らはいい時代に就職できてよかったな」と言われる。まあ、否定はしない。少なくとも、就職口がそこらじゅうにあって、会社のほうから人を探しに来るような時期を経験した。景気が悪い、という言葉の意味がよくわからなかった。景気が悪いと聞いても、どこか遠くの話に思えた。
大学を出るころ、周囲は大手企業の名前をいくつも並べていた。説明会に行けば交通費が出て、昼飯まで用意される。面接のあとに飲みに誘われ、そのまま内定の話になることもあった。こちらが会社を選んでいるつもりだったが、実際には会社同士が学生を取り合っていた。今思えば、能力があったからではない。ただ、その年に生まれて、その年に就職活動をした。それだけで、入口の扉が開いていた。
入社してからも、仕事は幾らでもあった。パソコンが一人一台になったころ、みんな操作に苦戦していた。表計算のファイルを壊した、メールを間違えて送った、プリンターが動かない。そんなことで大騒ぎしていたのに、給料は出たし、役職もついた。若い連中に「こんなこともできないんですか」と言われても、翌月にはそいつより高い給料をもらっていた。
いま考えると、かなり奇妙な時代だった。知識がなくても、判断を間違えても、会社に残ることができた。会議では昔からのやり方を繰り返し、若い人が新しい提案をしても、「そんなものは昔も試した」と言って退けた。昔の知恵を守っているつもりだったが、実際には説明するのが面倒だっただけかもしれない。記録を残さず、引き継ぎもせず、退職する人間に頭を下げることもしなかった。結果として、あとから来た人たちは何度も同じ失敗をすることになった。
バブルがはじけたあとも、しばらくは自分たちが困るとは思っていなかった。会社が大きいから大丈夫、政府が何とかする、景気はそのうち戻る。そんなふうに考えていた。実際、すぐに路頭に迷ったわけではない。賞与が減り、残業が増え、部署がなくなり、知っている人が少しずつ消えていった。それでも、若い人たちほど露骨に切り捨てられたわけではなかった。
そのころ入ってきた氷河期世代の社員は、最初から扱いが違った。採用枠が少なく、正社員になれなかった人も多い。派遣や契約で現場に来た人間は、正社員と同じ仕事をしても、休みや給料は違った。こちらは「若いんだから頑張れ」と言い、残業を頼み、断られると根性がないと言った。自分たちも若いころは苦労した、と言いながら、苦労の種類が違うことには気づかなかった。
徹夜や休日出勤も珍しくなかった。納期に間に合わなければ、若い人を残して帰った。本人たちは、経験になる、鍛えてやっている、というつもりだった。だが、鍛えられたのではなく、使い潰された人もいただろう。休職した人、辞めた人、連絡が取れなくなった人を何人も見た。それでも当時は、本人の体力や性格の問題だと思っていた。
自分は運がよかった。会社を売ったあと、別の会社に戻るような形で、景気の悪い時期にも仕事を失わずに済んだ。ITの波にも乗った。たいした技術があったわけではない。人を集め、案件を回し、若い人に手を動かさせた。客には成果を説明し、社内では数字を整えた。それで利益が出た。自分の実力だと思っていたが、時流と世代の席順に助けられただけだ。
だから、氷河期世代が「自分たちは不当に扱われた」と言うと、つい反発したくなる。自分だって大変だった、あのころは誰も楽ではなかった、と。しかし、よく考えれば、それは話をずらしている。自分が苦労したかどうかと、若い人たちに不利な制度を押しつけたかどうかは別の話だ。自分たちが受け取ったものを、次の世代には渡さなかった。その事実まで、景気のせいにはできない。
それでも、私は氷河期世代を見下してしまう。自分より年下なのに、会社への忠誠心がない、転職ばかりする、文句が多い、と言う。たぶん怖いのだと思う。自分たちが特別に有能だったわけではないと知られるのが怖い。若い人が、少ない機会のなかで自分より高い技能を身につけているのを見ると、なおさらだ。
世代で人間をまとめるのは乱暴だ。バブルの時代にも倒産やリストラはあったし、女性や地方の人間が簡単に成功できたわけでもない。氷河期にも、運よく大きな会社に入った人や、別の道で成功した人はいる。けれど、世代によって入口の広さが違ったことまで否定する必要はない。
私は恵まれていた。恵まれていたからこそ、もっと謙虚であるべきだった。なのに、いまだに「自分は努力したから今がある」と言い張っている。努力をしなかったとは言わない。ただ、同じ努力をしても、入口が閉じていた人たちがいた。そのことを見ないふりをして、自分の成功だけを実力と呼ぶのは、少し卑怯だ。
定年が近づき、会社で自分の居場所が狭くなってきた。若い社員は私の知らない道具を使い、私が何日もかけた資料を短時間で作る。昔の武勇伝を話しても、誰も笑わない。たぶん、私が思っているほど立派な話ではないのだろう。
それでも、あの時代は最高だった、と言ってしまう。自分にとっては、たしかにそうだった。だからこそ、その最高の裏側で誰が何を失ったのかを、今さらながら考えている。考えたところで、失われた時間は戻らない。せめて、次の世代に向かって「お前の努力が足りない」とだけは言わないようにしたい。できるかどうかは、まだ自信がない。