「ドはドーナツのド、レはレモンのレ、ミはみかんのミ、ファはファイトのファ、ソはあおいそら〜」って歌詞、子どものころから聴いていたけど、よく考えると「ソは青い空」だけおかしくない?

ド、レ、ミ、ファまでは、頭文字が音階に対応する単語を並べている。なのにソで急に「あおいそら」。ソの要素は「そら」の「そ」だけで、「あおい」は余計では? 「ソは空のソ」でよくない?

……と思ったのだけど、実際に歌ってみると「あおいそら」のところで曲がぱっと広がる感じがある。それまでの単語遊びから、急に青空のある風景が立ち上がるというか。単純に「ソはソファのソ」などと続けるより、歌としては印象に残る。子どもに歌わせる曲として、そこだけ世界が開けるのはかなりうまいのかもしれない。

しかも「ソラ」と歌うと、音階のソ・ラそのものにも聞こえる。ソから始まって、最後にラへ進む。そう考えると、頭文字のルールを外したというより、音楽の中で別の仕掛けを入れているようにも思える。後ろに「ラはラッパのラ」「シはしあわせのシ」と続くので、厳密な法則だけ見ればたしかに変なのだけど。

原曲の英語詞も、全部が頭文字で揃っているわけではないらしい。「ラ」はソの次の音、という説明になっていたり、「シ」に当たる部分は音名の発音が違ったりするそうで、そもそもドレミを使った言葉遊び自体が完全な規則ではない。日本語訳が勝手に壊したというより、各言語で歌いやすさや意味を優先しているものなのだろう。

そういえば子どものころは、ドーナツ、レンコン、みかん、ファンタ、そうめん、らっきょ、しいたけ、みたいな替え歌を歌っていた。食べ物で統一すると気持ちはいいが、ミ以降でだんだん苦しくなる。結局、歌詞なんてそのくらい自由でいいのだと思う。

もちろん「ソはソ連のソ」など、好きな単語を当てはめることもできる。青い空から政治や宇宙や映画の話まで、コメント欄では好き放題に広がっていて面白かった。中には名前の連想だけで話がどこかへ行っているものもあったけれど、そういう脱線も含めてこの歌の余白なのだろう。

結論としては、「あおい」は余計かもしれない。でも、その余計な「あおい」があるから、ただの語呂合わせではなく、歌になっている。ルールを守るだけなら「ソは空のソ」でもいいけれど、青い空を出してしまったことで、そこからラッパや幸せへ場面が展開する。あの逸脱は、たぶん間違いではなく、曲の中の転なんだと思う。

とはいえ、初めて聴いたときに「なんでソだけ?」と思った人は多いはず。あれはあれで、子どもに最初に渡される小さな謎として、かなりよくできている。