アラフォーのおじさんなんだけど、最近ドール遊びにハマっている。きっかけは、たまたま見かけたブラインドドールだった。箱を開けるまでどの子が出るかわからない、というやつ。最初は「へえ、かわいいな」くらいで、試しに一個買っただけだった。

出てきた子が思った以上にかわいくて、服の作りも細かい。髪を整えて、季節に合わせた服に着せ替えて、机の上に置いて眺めていると、仕事で荒んだ気持ちが少し落ち着く。次の箱も買ってしまった。別のシリーズも気になった。シリーズごとに世界観があって、どの子が出ても外れではないように作られているのがずるい。運命の出会いみたいな気分にさせられる。

最初のうちは一体だけだったのに、気がつくと何人かいる。小さいので場所を取らないと思っていたが、家具や小物、靴、帽子、季節の服まで揃え始めると、棚が必要になる。棚を買うと、今度は背景や照明も欲しくなる。ドールそのものより、周りのものにお金がかかるとは聞いていたが、本当にそうだった。

服は既製品を買っている。自分の服より高いものも普通にある。裁縫ができる人なら自作するのだろうが、こちらはボタン付けさえ怪しい。それでも、いつかミシンを買って服を作りたいと思い始めている。百円ショップにも小さい家具や小物があるし、型紙の本もある。今は昔より始めやすい趣味なのかもしれない。

ドールを迎えてから、妙に身だしなみに気を遣うようになった。うちの子は最高にかわいい。そのオーナーである自分が、だらしない格好でいるのは申し訳ない気がする。外に出る前に髪を整えたり、服の組み合わせを考えたりするようになった。自分のためだけなら面倒でやらないことを、ドールのためならできる。不思議だけど、悪くない変化だと思う。

もちろん、他人には言いにくい。いい歳のおじさんが人形を着せ替えている、と説明すると、変な想像をされることもある。実際、最初に話した人には別のものと勘違いされた。そういう趣味ではなく、ただかわいいものをかわいがっているだけだ。ペットを飼うのに近い、と言うと少し違うかもしれないが、世話をしている感じはある。髪を直し、服を替え、埃を払う。手をかけた分だけ愛着が増していく。

人形に魂が宿るのかどうかはわからない。でも、毎日見ていると、ただの物ではなくなってくる。表情が変わるわけではないのに、今日は機嫌がよさそうだとか、少し寂しそうだとか感じる。こちらが勝手に投影しているだけなのだろうけど、その「勝手に感じる心」が案外大事なのかもしれない。画面の中のアバターや、好きなキャラクターに自分を重ねるのと似ている。

財布には厳しい。ブラインド商品は一個なら手軽でも、シリーズを揃えようとすると際限がない。大きなドールやキャストドール、カスタム品に進んだら、さらに桁が変わるらしい。だから今のところは、小さい子たちを中心に、無理のない範囲で楽しむつもりだ。つもり、ではある。新作の写真を見ると、簡単に決意が揺らぐ。

飽きたときのことや、自分がいなくなった後のことを考えることもある。捨てられたり、誰にも大事にされなくなったりするのは少し怖い。だから、衝動買いはしないようにしている。とはいえ、これだけ夢中になれるものができたのは嬉しい。毎日帰宅して、棚の中の子たちを見る。今日もかわいいなと思う。それだけで、明日も少し頑張れる気がする。

おじさんがドール遊びをしてもいい。好きなものを好きだと言えるほど、人生は長くない。財布と置き場所に相談しながら、これからも大事にかわいがっていこうと思う。