最近、「岸田政権は外交が上手かった」という言説が突然あちこちで出てくるようになった気がする。いや、岸田外交が評価されること自体に異論があるわけではない。広島サミット、日韓関係の立て直し、日米同盟の強化、ウクライナへの対応など、在任中から評価されていた部分は普通にあった。ただ、それを今になって急に持ち出している人たちの中には、現政権、とくに高市政権への当てこすりとして言っているだけの人もかなり混じっているように見える。
「岸田は外交が上手かった。だから安倍をウクライナに特使として送らなかったのは失敗だ」という話もその一つだ。侵攻前、あるいは侵攻直後に安倍をモスクワへ派遣していれば、プーチンは戦争を思いとどまったのではないか、という仮定である。
しかし、安倍なら止められたというのは、さすがに安倍晋三という個人に夢を見すぎではないか。マクロンもメルケルも何度もプーチンと話し、欧米各国も警告や圧力をかけ、それでも侵攻は起きた。習近平でさえ止められなかった可能性が高い相手を、日本の元首相が訪問した程度で止められたとは思えない。外交は、行って話をすれば何かが変わるというものではなく、事前に相手へ示す材料や、譲歩させるための圧力、同盟国との調整があって初めて交渉になる。
むしろ安倍政権の対ロシア外交を振り返ると、ロシアとの関係改善に力を入れた結果、北方領土問題で日本が大きな譲歩を重ね、経済協力まで約束したのに、相手から実質的な見返りは得られなかったという印象が強い。クリミア併合後もロシアに甘いメッセージを送り続けたことが、侵略しても決定的には怒られないという誤った認識につながったのではないか、と考える人がいるのも不思議ではない。
「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」と語った相手に、ウクライナ侵攻をやめさせられたというのは、あまりにも都合のいい後付けだろう。安倍が訪問していたら、別の言葉を言っていたかもしれない。しかし、何を言えばプーチンの思想や決断を覆せたのか、その材料は提示されない。成功した場合だけ安倍の功績になり、失敗した場合は岸田の責任になるというなら、それは外交論というより政治的な物語である。
一方で、岸田の対応が上手かったという評価には、一定の根拠がある。ロシアの侵攻を機に、これまでの対話重視の姿勢から、ロシアを明確な侵略国として扱う方向へ素早く切り替えた。ウクライナを訪問し、G7や欧州との連携を進め、広島では各国首脳に被爆の現実を見せた。日韓関係についても、少なくとも対立を固定化させないためのシャトル外交を再開した。日本単独で世界を動かしたわけではないが、同盟や官僚機構を使い、既存の関係を積み上げるという意味では、安定した外交だったと思う。
岸田が外相を長く務めたことや、宏池会に外交を重視する伝統と人脈があったことも大きいだろう。外交上の成果を首相個人のセンスだけで説明するのは無理がある。外務省の準備、同盟国との調整、前政権からの蓄積があって初めて、首相の発言や訪問が意味を持つ。誰が総理でも同じだった部分もあれば、岸田だから早く決断できた部分もあるはずだ。
それでも「岸田外交は上手かった」と言うと、すぐに全面的な岸田礼賛だと受け取られる。内政の評価は別として、外交まで何でも否定する必要はないし、逆に外交の一部が評価できるからといって政権全体を肯定する必要もない。奥さんが食事を作っている姿がどうとか、しゃもじが絶妙だったとか、そういう象徴的な場面も含めて、評価は結局いくつもの点の集合でしかない。
広島サミットが成功したか、日米関係が強化されたか、ロシアへの対応が妥当だったかは、今後も議論が続くだろう。外交の成果は数年で確定するものではなく、百年くらい経って初めて見えることもある。まして、安倍なら戦争を止められた、岸田でなければもっとよかった、という仮定の話は検証しようがない。
だから、突然岸田を持ち上げる言説の背景に、現政権への反発や自民党内の勢力争いがあるとしても、そこだけを見て全部を嘘だと決めつけるのも違うと思う。岸田外交には評価できる点があった。ただしそれは、安倍ならすべて解決できたという神話を補強するものではない。日本の政治家一人が三大国の意思を自由に動かせるわけではないし、外交の成功は派手な一言より、見えない根回しと、失敗したときにどこまで被害を抑えられたかで測るものだろう。