最近読んだなろう系の漫画で、主人公が奴隷の女の子を買うところから始まるやつがあった。
別に奴隷を買う設定そのものが珍しいとは思っていない。なろうでは初手で奴隷を買うと、世界観の説明役になるし、主人公の善良さを示すこともできるし、ヒロイン候補にもなる。便利な装置なのだろう。
ただ、その後の扱いが妙に女臭い。
主人公は奴隷を奴隷として酷使するわけではない。飯を食わせ、風呂にも入れ、傷があれば治療し、普通に話しかける。そして「君はもう仲間だ」「奴隷だからといって人間としての尊厳を奪うつもりはない」みたいなことを言う。奴隷の側は、そんな優しくされたことがない、ご主人様は優しすぎます、と感激して、ちょっと頭を撫でられたりピンチを助けられたりしただけで主人公に全幅の信頼と好意を寄せる。
ここまではまあ、ファンタジーのご都合主義として読める。
でも、主人公が「奴隷を所有する者としての責任」から逃げて、「リーダーとして仲間を守る責任」だけを引き受けようとしている感じがするんだよね。所有者として命令し、働かせ、逆らえば罰するという立場は取らないのに、忠誠や愛情や感謝だけは欲しがる。奴隷という圧倒的に弱い立場に置いておけば、裏切られる心配もないし、少し親切にするだけで「この人だけは私を理解してくれる」と慕ってくれる。
それって結局、対等な相手と関係を築く自信がない人の願望に見える。絶対に拒絶されず、絶対に離れていかず、こちらが与えた分だけ大げさに感謝してくれる相手を、金や身分の力で手に入れて、優しい主人公として認めてもらう。かなり男臭い欲望だと思う。
なのに、こういう作品を「女臭い」「女々しい」と評する人がいる。何をもってそう言っているのか、正直よく分からない。女性向けなら、奴隷を解放したあとに自分の力で成り上がらせるとか、主人公の甘さを奴隷側が厳しく諫めるとか、関係性を変化させる方向に行く気がする。主人公がただ優しくして、相手が一生ついてくるだけの話は、むしろ男性向けハーレムの定番ではないか。
もちろんフィクションなので、史実の奴隷制度を再現しろと言いたいわけではない。読者が癒やされたいだけなら、それはそれでいい。ただ、奴隷という人権侵害を便利なヒロイン獲得システムにしておいて、「自分は道徳的で責任感のある主人公です」という顔をされると、さすがに都合がよすぎると思ってしまう。
奴隷を使い潰す残酷な主人公を見たいわけでもない。せめて、買った時点で発生している権力関係から逃げずに、その関係をどう終わらせるのかくらいは描いてほしい。優しく扱えば問題ない、感謝されれば正しい、という話にされると、現代日本の職場で「俺が面倒を見てやっている」と言う人の顔がちらついて、どうにも楽しめない。