幼馴染の彼女と結婚したら、そこから先の人生が急にダイジェストになった。
付き合っていた頃は、次に会う約束をするだけで一週間が長かった。結婚してからは、気がつくと入籍していて、家を買っていて、子どもが生まれていた。子どもが生まれたあとはさらにひどい。寝返りを打った、立った、歩いたと言っていたと思ったら、いつの間にか幼稚園に入り、小学校に上がり、ランドセルを背負っている。
この前まで抱っこしていたはずなのに、今ではこっちの身長を追い越しそうな勢いで飯を食う。写真を見返すと、毎年ちゃんと何かが起きているのに、記憶の中では全部つながっていて、数十分の回想シーンみたいになっている。
俺は別に、人生に大きな不満があるわけじゃない。仕事も家庭もそれなりにうまくいっているし、子どもはかわいい。妻と出会って、結婚して、子どもが生まれて、家族のために働いてきた。たぶん、かなり幸せな部類だと思う。
ただ、昔は自分が人生の主人公だと思っていたのに、結婚してからは自分の出番がどんどん減っている気がする。第一部は俺が恋愛して結婚する話だった。第二部に入った瞬間、主人公は子どもに交代。俺は画面の端で「早く寝なさい」と言ったり、学費を払ったり、運動会でビデオを回したりする役になった。
しかも、子どもの成長イベントだけはものすごい速度で進む。入学、進級、部活、受験。ついこの前まで小さかったのに、あと十年もしないうちに家を出ていくのかもしれない。そう考えると、俺の人生の本編はもう終盤で、残りは親の介護、家の片付け、老後、病気、そして孫が生まれるかどうかを待つエピローグなのではないかと思ってしまう。
最近は芸能人を見ても、「この人、こんなに老けていたっけ」と思うことが増えた。自分も同じだけ歳を取っているだけなのに、他人の変化ばかり見つけている。初詣に行ったと思ったらもう夏で、夏が終わったと思ったら年末になる。五十代、六十代になったら、さらに早くなるのだろうか。
人生が打ち切りになるのか、単に世界の再生速度がそういうものなのかは分からない。でも、まだやることは残っている。子どもが独立するところは見たいし、できれば孫の顔も見たい。妻と二人になったあと、何をして過ごすかも考えないといけない。仕事や趣味を始めるのもいい。子どもに自分の人生を背負わせるのではなく、せめて困ったときに思い出してもらえる脇役でいたい。
打ち切りじゃなくて、主役が交代しただけなのかもしれない。
それでも、俺の出番が完全になくなるまでは、もう少しだけ続いてほしい。