王道を観ないと文句を言われ、王道を観て感動しても文句を言われる。ではどうしろというのか、という話。
たぶん、同じ人が両方を言っているわけではない。ある人は「それも知らないのに好きと言うな」と言い、別の人は「そんな誰でも知っているものを今さら得意げに語るな」と言う。どちらも、作品そのものより、相手の名乗り方や態度が気に入らないのだろう。
映画やアニメの話をしていると、たまに「それを観ていないなら浅い」「それを観て感動するのは素人」といった判定が飛んでくる。好きなものを好きだと言っただけなのに、いつの間にか試験を受けさせられている。しかも合格しても、今度は「その程度で詳しい顔をするな」と言われる。これはもう、会話ではなく資格審査だ。
もちろん、長く好きでいる人が持っている知識やこだわりは面白い。昔の作品とのつながりや、知らなかった背景を教えてもらえるのはありがたい。ただ、それを相手を黙らせるための棍棒にした瞬間、趣味の話ではなくマウントになる。王道を知っていることは立派でも、王道しか認めない理由にはならない。
逆に、知らないことを妙に誇ったり、定番を見た人を時代遅れ扱いしたりするのも同じくらい面倒だと思う。作品を楽しむ入口は人それぞれだし、全部を履修するのは無理だ。ガンダムを初代から見ていても、特定のシリーズだけ好きでも、ロボットのデザインが好きでも、本人が好きだと言うならそれでいい。ファンの義務教育の範囲は、たぶん人によって違う。
SNSでは、知らない他人がどんな称号を名乗ろうが、本来は自分には関係ない。反応したくなったら「そうなんですね」で終わらせればいいし、話が通じないなら話さなければいい。さしすせそで流すのも、無視するのも、かなり健全な対処だと思う。
自分も昔は、好きな作品について雑な語られ方をすると腹が立った。タイタニックを恋愛映画として楽しむ人に、映画として論じろと言いたくなったこともある。でも、誰かが楽しんでいる場所に乗り込んで、正しい見方を教え始めたら、結局こちらも厄介な人になる。
王道は、王道だからつまらないわけではない。有名になるだけの理由があるし、初めて触れた人が素直に感動するのは当然だ。昔の自分が感動したものを、他人も同じ順番で履修しなければならないわけではない。好きなものを好きなまま語ればいい。文句を言う人は、どちらを選んでも言うのだから、せめて自分が楽しめる方を選びたい。