映画を数年に1回しか見ない。映画が嫌いなわけではなくて、見始めるまでの腰が重い。二時間を確保して、暗い部屋にして、途中でスマホを触らず、見終わったあとに「どうだった?」と聞かれる可能性まで考えると、もう映画以外のことをしたくなる。だから世間で話題になった作品も、だいたい数年後にふと思い出して、配信にあれば見る、なければ諦める、という感じだ。
そんな自分が、これまでに見た映画の中から、特におすすめしないものを何本か挙げる。おすすめしないと言っても、全部が嫌いという意味ではない。見たあとに人へ「絶対見て」と言うほどではない、あるいは、誰かと一緒に見たら楽しいけど一人で真面目に見ると変な気持ちになる、という程度の話です。異論反論はやめて。泣く。
まず『インディペンデンス・デイ』。宇宙から巨大な円盤が来て、都市を一瞬で吹き飛ばす。人類は当然かなり困るのだが、最終的には、戦闘機に乗る大統領、飲んだくれの親父、パソコンが得意な人、勇敢なパイロットなどが集まって、ものすごく力を合わせる。作戦の細部は、よく考えるとそれで大丈夫なのかと思う。でも、皆で酒を飲み、勢いで突っ込んで見る分にはとてもよい。これぞアメリカ、という感じがする。今のアメリカでは、こういう微笑ましい雑さの映画は、もう作れない気がする。
次に『私の中のあなた』。病気の姉を救うために、妹が生まれた。妹は自分の身体を姉の治療のために使われ続けることになる。妹は両親を相手に、自分の身体について自分で決めたいと訴える。生命倫理の話としては、かなり重い。家族だから助けたい、助けるのが当然だ、という気持ちと、本人の意思を無視していいのかという問題が同時に来る。名作だとは思うけど、数年に一回しか映画を見ない人が、久しぶりの一本として選ぶ内容ではなかった。見終わったあと、しばらく何も見たくなくなった。
『異人たち』も、見たいような、見たくないような映画だ。大人になった主人公が、昔の家や、もういないはずの家族と再会するような話らしい。こういう「過去が急にこちらへ戻ってくる」映画は、予告や紹介文だけで胸がざわつく。自分にも、忘れたつもりで忘れていないことがあるので、たぶん見たら普通に泣く。ただ、泣く準備をしてまで見る元気が、今はあまりない。
『セルビアン・フィルム』も見た。数年に一回しか映画を見ない人間が、なぜそれを見たのかは、自分でもよく分からない。タイトルだけ見て、何か社会派の作品なのだろうと思ったのかもしれない。実際には、見ているあいだずっと「これは何を見せられているんだ」と思っていた。見終わって得たものは、映画の知識ではなく、選択を間違えたという確信だった。おすすめしないというより、見たことを誰にも説明したくない。
『鉄西区』は全編で九時間あるらしい。らしいというのは、見ていないからだ。九時間あれば、映画を四本くらい見たことにできるし、途中で寝ても、起きてから再開しても、まだ終わらない。映画というより、季節や生活をそのまま横に置いて眺めるものなのだと思う。自分には無理だが、こういう作品を挙げる人には、映画を本当に見ている人の雰囲気がある。
『レボリューショナリー・ロード』は、内容よりも、隣人の息子のような人物が印象に残った。精神病院から戻ってきた彼が、周囲の人たちが見ないふりをしていることを、ずっと率直に言う。空気を読まないというより、読んだうえで、そんなものは知らないと言っている感じだ。自分もあんなふうに、思っていることをずっと率直にしゃべれる人になりたい。キャラクターおすすめ度は五つ星。ただし、本人の人生はおすすめしない。
『マイマイ新子』は傑作らしい。これは見た人たちがかなり強く言っているので、いつか見る候補に入れておく。『ロッキー』も勧められた。サメが出てくる映画を挙げてくれた人もいた。『ファーストキス』が最近よかったという人もいて、数年に一回派の仲間が思ったよりいることが分かった。『カメラを止めるな!』や『最後のジェダイ』が入っていないことに気づいた人もいたが、そこまで見ていないだけです。
映画は本棚と同じで、何本か並べるだけで、その人の人となりが少し見える。自分の場合は、趣味がいいというより、見ていないことと、たまたま変なものを見たことが見えているだけだと思う。それでも「そのセレクトで好感が持てる」と言われると、少しうれしい。次に映画を見るのは、たぶんまた数年後になる。そのときは、ちゃんと誰かにおすすめできる映画を選びたい。たぶん無理だと思う。