# おっさんの人生を変えた映画TOP3
「人生を変えた映画」と言うと、映画を観て会社を辞めたとか、海外に移住したとか、そういう大げさな話を想像するかもしれない。
俺の場合はそんなことはない。映画を観た翌日から別人になったわけでもないし、相変わらず働いて、酒を飲んで、たまに競輪を見て、何となく一日を終えている。
ただ、何度か観返しているうちに、ものの見方が少し変わった。おっさんになってから効いてきた映画を三本挙げる。
## 1. ベルリン・天使の詩
天使がベルリンの街を見下ろしている。人間たちの声を聞き、誰にも知られずに寄り添っている。世界は見えているのに、触れることができない。
昔観たときは、きれいで静かな映画だな、くらいにしか思わなかった。だが、歳を取ってから観ると、あれは「見えないけど、そこにいる」ことについての映画に思えてくる。
誰かの人生に大きく関わるわけではない。感謝されるわけでもない。それでも、街のどこかで誰かのそばにいる。そういう存在のあり方が、妙に身にしみる。
天使は人間になる。永遠に見ている側だった存在が、寒さや痛みやコーヒーの味を引き受ける側になる。自由というのは、何でもできることではなくて、限りのある身体で何かを選ぶことなのかもしれない。
この映画を観てから、何も起きない一日を以前ほど悪く思わなくなった。
## 2. 川崎競輪
川崎競輪を舞台にしたドキュメンタリー。競輪場にいるおっさんたちを、おっさんのまま映している。
勝った負けた、予想が当たった外れたという話だけではない。場内の食堂で飯を食い、酒を飲み、新聞を眺め、誰かとくだらない話をしている。長年通っている人もいれば、たまたま来たような人もいる。
そこにいる人たちは、人生に勝った人として描かれない。かといって、負け犬として笑われるわけでもない。ただ、何かを抱えたまま、今日も競輪場に来ている。
俺はこの映画を観て、角打ちや競輪場の食堂で一人で過ごす時間を、少し肯定できるようになった。何者かにならなくてもいい。誰かに認められなくてもいい。腹が減ったら飯を食い、飲みたければ飲み、レースが終わったら帰る。
そういう小さな繰り返しを、以前は「何もない人生」だと思っていた。でも、何もないように見える一日の中にも、その人なりの手触りはある。
川崎競輪の食べ物はけっこううまい。チェーン店のレンジ料理ではなく、ちゃんと作った居酒屋料理っぽいところもいい。映画を観てから、いつか実際に行ってみたいと思っている。
## 3. PERFECT DAYS
これは、清掃員として働く平山の日常を淡々と描いた映画だ。
朝起きて、植物に水をやり、車で仕事に向かう。カセットテープで音楽を聴き、昼休みに木漏れ日を撮り、仕事が終われば銭湯に行って、行きつけの店で酒を飲む。休日には古本屋に寄る。
起承転結らしい起承転結はない。ものすごい事件も、人生をひっくり返す成功もない。それでも、毎日の中に小さな違いがある。光の具合や、誰かとの短い会話や、同じように見える一日のわずかな揺れがある。
平山は何も求めていないように見える。でも、何も感じていないわけではない。むしろ、他人や社会に何かを求めすぎないことで、自分の身の回りにあるものを受け取れている。
もちろん、これはファンタジーでもある。役所広司が演じているから成立している部分は大きいし、あんなに格好いい清掃員はなかなかいない。現実のおっさんは、もっとだらしなくて、部屋も汚くて、他人にぶつぶつ文句を言っている。
それでも、最後の表情にはやられた。ずっと同じ顔で生きてきた人の中にも、抑えていたものや、言葉にならないものがある。それが一瞬だけ溢れ出す。
人生は、何か大きなものを手に入れないと変わらないと思っていた。でも、毎日を毎日として生きることにも、たぶん別の強さがある。
この三本に共通しているのは、他人に何かを求めていないことだと思う。人生の正解を教えてくれる映画ではない。ただ、こういう生き方をしている人もいる、と見せてくれる。
俺たちはもう、映画を観たからといって急に人生を変えられる年齢ではない。けれど、観たあとに角打ちで缶詰をつまみながら、今日の空が少しきれいだったと思えるなら、それくらいの変化はあってもいい。