ホロコーストを題材にした映画を、思いつくまま十本選んでみた。もちろん「これを観ればホロコーストがわかる」という話ではないし、映画だけで史実を学べるとも思っていない。むしろ、作品ごとに描いている範囲も立場もかなり違う。収容所そのものを描くもの、戦後の記憶を扱うもの、ナチスの影を別の時代に持ち込むものまで含めて、入口として並べてみる。

まずアラン・レネの『夜と霧』。短い作品だけれど、収容所跡を現在の風景として映しながら、そこに何があったのかを見せていく。教科書的と言われるのもわかるが、教科書だから古びるというものでもない。説明のための映像ではなく、見ている側に記憶を引き受けさせる映画だと思う。

クロード・ランズマンの『SHOAH』は、逆にとてつもなく長い。大学の講義で見た人が眠くて仕方なかったという話もわかる。自分も一気に観るには長すぎると思う。ただ、証言を聞き続けること自体が作品の形式になっていて、要約や再現映像ではこぼれてしまうものが残る。日本語の書籍版から入る方法もあるだろうし、時間を分けて観てもいい。

『サウルの息子』は、カメラを主人公の近くに固定し、周囲で起きていることを見せすぎない。だからこそ、画面の外にある大量の死が消えずに残る。『灰の記憶』も含め、収容所で人の命があまりにも簡単に処理されてしまう状況を、娯楽的な悲劇にしないための苦しい工夫がある。

『関心領域』は、収容所の内部ではなく、そのすぐ隣で暮らす家族の日常を描く。庭、食事、子どもの遊び、家の中の会話。その向こう側から聞こえてくる音が、画面に映らないものをずっと指し示している。過度に説明しないところがいいと思った一方で、これは「体験としてどうなのか」と戸惑う人がいるのも理解できる。アイデアや技法に感心するだけで終わってはいけない作品でもある。

『縞模様のパジャマの少年』はショッキングで、初めて観た時の印象は強い。ただ、物語の視点や結末の作り方には、史実を扱う映画として誠実なのかという疑問も残る。『ライフ・イズ・ビューティフル』も、前半のコメディ的な時間と後半の収容所の落差が特徴だが、どこまでを受け入れられるかは人によって違うだろう。若い頃に好きだった映画が、後から見返すと厳しく感じられることはある。

『ソフィーの選択』は、選択を迫られることの残酷さがあまりに強く、今でも怖くて最後まで見られないという人の気持ちはわかる。メリル・ストリープの美しさや演技について語ることもできるけれど、その美しさだけで忘れられる話ではない。『愛を読むひと』も、別の入口から戦犯側の記憶と責任を扱っている。

『カポ(ゼロ地帯)』、『異端の鳥』、『パリの灯は遠く』、『サラの鍵』も印象に残る。『サラの鍵』は、幼い弟を隠したまま家族が連行され、その後の人生に過去が追いかけてくる話だ。フランス国内の協力や、戦後に残る沈黙にも目を向けている。子どもの視線を借りる作品は多いが、子どもを無垢な装置にしてしまわないかは、いつも気になる。

少し変わった位置づけでは、『ヒトラーの偽札』。収容所で偽札を作らされた囚人たちを描く、いわゆるベルンハルト作戦の映画だ。『帰ってきたヒトラー』は、ナチスを現在の社会に戻してしまうことで、過去の怪物を笑って済ませることができるのかを考えさせる。『ジョジョ・ラビット』も、風刺と寓話の形で子どもの世界にナチズムを置く。好きな作品ではあるが、明るい調子で扱うことの危うさも含めて観たい。

ドイツやポーランドの作品だけでなく、『炎628』のように、ナチスによるユダヤ人迫害だけでは括れない戦争犯罪や住民虐殺を描く作品もある。何をホロコースト映画と呼ぶのかは慎重でありたい。ポグロムや占領下の民間人殺害、対パルチザン作戦まで調べると、歴史の輪郭は単純ではない。日本人が他国の加害を語る時、自国の南京やシンガポールでの加害を忘れてはいけないという感覚もある。

『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』のように、戦犯が戦後を逃げ延び、寿命を全うしたことを扱う作品も気になる。アイヒマンをめぐる「凡庸な悪」という解釈についても、現在はさまざまな議論がある。人物をわかりやすい怪物にすることも、普通の人として処理することも、それぞれ危険がある。

最後に、映画を観る前に専門書を読んだ方がいい、という意見には賛成する。史実を知らないまま観ると、作り手の省略や演出を歴史そのものだと思ってしまうからだ。一方で、映画から本へ進む人もいる。『ショアー』のように、映画と書籍で入口が違う作品もある。

毎年のようにナチスやホロコーストを題材にした新作が公開される。最近の作品だけでなく、昔の映画を見返す意味もある。ただし、観ていない作品まで知ったように選評するのは避けたい。観たものについても、好き嫌いと歴史的な評価は分けて考えたい。記憶を消費するだけにならないように、映画の後で資料を読み、他の人の感想を聞き、自分が何を見落としたのかを考える。そのくらいの距離感で、十本を選んだ。