30歳を超えてから、焼肉に行っても昔ほど満足しなくなった。

別に肉が嫌いになったわけではない。分厚い赤身のヒレをレアで焼いて、塩と胡椒だけで食べるのは今でもうまいし、レバーやミノ、ハラミも好きだ。ホルモンを脂の塊だなと思いながら延々と食べることもある。タンだって、牛の舌を自分の舌に絡めているようで無理、という人の気持ちはわかるが、普通においしいと思う。

ただ、昔のように「焼肉なら何でも楽しい」とはならなくなった。

若い頃は、店に入って肉を注文して、網に乗せて、焼けたそばから白飯と一緒に食べれば、それだけで満足だった。カルビ、タン、ハラミを頼み、知らない部位があれば試して、当たりなら喜び、外れなら笑って済ませる。店が少しくらい古くても、煙たくても、肉が安っぽくても、みんなで食べればイベントになった。

今は、食べる前からだいたい味が想像できる。見た目で脂の具合がわかり、値段を見れば品質もだいたい予測できる。食べて「おいしい」と思っても、想像を大きく超えてくることは少ない。逆に、肉質が微妙だったり、下処理が雑だったりすると、昔なら気にしなかった部分まで明確に気になる。

焼肉は、店によるガチャ要素が大きい。仕入れや部位で肉質が変わるし、同じ店でも日によって違う。高級店なら必ず満足できるわけでもない。むしろ一人一万円を超えると、サシの入った和牛ばかりになって個性がなく、七、八千円くらいの昔ながらの店の方が面白いこともある。

もちろん、当たりの店を見つけてそこに通えばいいのだろう。長く続いている家族経営の店や、近所のロースターの店には、値段では測れない良さがある。焼肉屋に行くのは、肉を食べるためだけではなく、家が脂臭くならず、調理も片付けもしなくていいことにお金を払う意味もある。

それでも、最近は家で少しいい肉を焼く方が満足する。好きな部位を少量だけ買い、野菜も好きなものを添え、食べる量を自分で決める。週末に家族と焼いた、特別高価でもない肉が、妙にうまかった。自分の腹を満たすだけでなく、誰かがうまそうに食べているのを見ることも、食事の楽しさなのだと思う。

肉の種類だけを見れば、牛、豚、鶏が中心で、せいぜい鴨や羊、馬くらいだ。一方で魚は種類が多く、季節によって変わり、産地や店の仕事でも味が変わる。漁師町育ちの人が、年齢を重ねて魚にうるさくなったという話もわかる。焼肉のメニューには、どうしても季節感が少ない。

たぶんこれは「焼肉がまずくなった」のではなく、自分の経験値が上がって、焼肉という遊びの天井が見えてしまったということだ。料理でもラーメンでもコーヒーでも、最初は何を食べても発見がある。やがて好みが固まり、行く店が限られ、新しい店に入っても「普通においしいけど、いつもの店の方がいい」と思うようになる。

そのうちまた、安い食べ放題に行きたくなるのかもしれない。三日くらい絶食してから行けば、どんな肉でも極上に感じるという意見もあった。あるいは、ステーキやしゃぶしゃぶ、馬刺し、家の豚こま焼肉に興味が移るのかもしれない。中年になって蕎麦を打ち始める片鱗も、少し見えている。

結局、過渡期なのだと思う。食べられる量が減り、脂に弱くなり、外食そのものが面倒になる。それでも、焼肉が嫌いになったわけではない。お気に入りの店で少しだけ食べる日もあれば、家でタレをたっぷりかけた肉と米を貪る日もある。

「一生分の焼肉を食べた」のかもしれないし、「発見のないものでも楽しめる段階」に移っている途中なのかもしれない。今はただ、昔と同じ楽しみ方ができなくなったことを、少し寂しく思っている。