こども家庭庁の若者向けの調査で、「普段感じている悩み」の上位に「自分の見た目が気に入らない」があった、という話を見た。

それに対して、元のブックマークで「そんなことを悩んで結婚しないなんてバカみたい」という反応があったので、いや、それのどこがバカみたいなんだ、と思って書いた。

まず、調査の設問は「自分の見た目が気に入らないから結婚しない理由」ではないらしい。そこは自分の読み違いだった。普段の悩みについて聞いた結果であって、結婚の意思とは別の質問だという指摘があり、たしかにその通り。タイトルも本文も、そこが混ざってしまっていた。追記しておく。

ただ、設問の読み違いがあったとしても、見た目のことで悩んでいる若い人を「バカみたい」と切って捨てるのは違うと思う。

自分の見た目が気に入らない。人前に出るのが嫌だ。恋愛や結婚を考えても、自分なんかを選ぶ人はいないと思う。そういう感覚は、本人にとってはかなり現実的な悩みだろう。外から見れば「気にしすぎ」「世の中にはいろんな好みの人がいる」で済む話でも、本人が毎日鏡を見て、SNSで他人と比べて、広告にまで欠点を指摘され続けていたら、簡単に気持ちを切り替えられるものでもない。

もちろん、結婚相手を選ぶうえで見た目だけがすべてではない。浮気をしない、暴力を振るわない、生活を一緒に運営できる、話し合いができる、価値観がある程度合う。長く暮らすなら、そういう部分のほうが大切だというのもわかる。

でも、「だから見た目は気にしなくていい」と言われても、恋愛や婚活の入口で外見が見られる現実まで消えるわけではない。婚活のプロフィールは写真から始まるし、最初の印象に見た目が関係することもある。学校や職場のように、会話や仕事ぶりを知ってもらえる場と、写真一枚で判断される場では事情も違う。

一方で、自分を客観的に見て「結婚できる容姿ではない」と決めてしまうのも、かなり危ういと思う。結婚できる水準みたいなものが客観的に存在するわけではないし、好みは人によって違う。自分のコンプレックスを、世間全体の判定だと思い込んでいる可能性もある。

結婚は大勢にモテる必要はなくて、たった一人と関係を作れれば成立する。そう言われればその通りだし、実際、街を歩けばいろんな容姿の家族がいる。容姿端麗な人の隣に、いわゆる美形ではない人がいることも普通にある。

ただ、その「たった一人に出会えばいい」という話も、本人が他人と関係を作るところまで行ける状態なら、という条件がつく。自信がなくて人を避けている人に、積極的になれと言うだけでは、本人の苦しさを見落としている。

自分の見た目が嫌いだから結婚しない、という選択自体は自由だと思う。結婚したくない理由も、子どもを作りたくない理由も、人によって違う。自分の容姿や遺伝を子どもに受け継がせたくない、という考えを持つ人がいることも理解できる。そこを他人が説得したり、非難したりする必要はない。

でも、それが本人の自由な意思ではなく、「自分は選ばれるはずがない」「子どもに同じ苦労をさせる」「見た目が悪い人間は恋愛や結婚を諦めるべきだ」という社会の圧力を内面化した結果なら、単に自己責任で片付ける話でもない。

SNSで、世界中の整えられた顔と自分を比較できる。美容や整形の広告が、あなたにはここが足りない、ここを直せ、と迫ってくる。容姿差別は悪いと言われる一方で、実際には外見を点数化するような空気が強まっている。若い人がしんどくなるのも無理はないと思う。

だから「バカみたい」という言葉に引っかかった。結婚するかどうかは自由なのに、結婚しない理由まで他人から採点されるのはおかしい。本人が思い込みに囚われているように見えるとしても、まずはその悩みを悩みとして扱えばいい。

とはいえ、自分も「見た目が気に入らない」と「結婚したくない」を勝手につなげて読んでいた。そこは反省している。調査の数字を使って社会の話をするなら、設問はちゃんと読まないといけない。

見た目を気にするな、と言うのは簡単だけど、見た目で傷つけられた経験がある人にとっては、それもまた雑な言葉になる。結婚しろとも、諦めるなとも言わず、少なくとも「そんなことで悩むな」「バカみたいだ」とは言わない社会のほうがいいと思う。